"Gloria" (1980年、 邦題『グロリア』)


写真クレジット:Columbia Pictures
先日、久しぶりでこの映画を見直して感心してしまった。主演のジーナ・ローランズが飛び切りに良いのだ。初めて見たときは、ローランズが銃をぶっ放す姿に強烈な印象を持った。信じられないかもしれないが、この映画が公開された80年当時、女が一人ギャング相手に銃を撃ちまくるという設定はかなり衝撃的だった。
キル・ビル』などが登場するずっと以前の話。いまや女が銃を持って悪に挑む、なんて映画はゴマンとあって玉石混合。あまり感心しない作品も多い。だが、この映画は女が銃をぶっ放すスリルだけで見せる映画とは違う。「男もすなるハードボイルドを女もしてみむとてするなり」が見事に成功した作品だ。

監督はジョン・カサヴェテス。1950年代後半から自分の家を抵当に入れて映画作りを始め、アメリカの独立映画のあり方を確立したと言われる人だ。『ローズマリーの赤ちゃん』で夫役を演じた渋い俳優でもあり、実生活ではローランズの夫だ。カサヴェテス作品に多く出演し、奥行きのある女性像を演じ続けてきたローランズならではの最良の演技で、今どきこんなすごみのある演技が出来るアメリカ女優はいないだろう。

物語は実にシンプルだ。主人公グロリアは裏街道から足を洗った中年の女。今は静かに猫と二人暮らし。ある日、同じアパートに住む女から息子フィルを預かってくれと頼まれる。女の一家はマフィアに命を狙われていたのだ。グロリアがフィルを自室に連れ帰ってすぐに女の一家は皆殺しになる。

映画好きの方ならここでナタリー・ポートマンのデビュー作『レオン』とそっくりと思うだろう。実は『レオン』のリュック・ベッソン監督はカサヴェテスの熱烈なファンで、この映画へのオマージュとして同じプロットを使っている。

突然孤児になってしまった6歳のフィルを抱えたグロリアは、彼を連れてアパートを出る。フィルはマフィアの会計士だった父の秘密の出納帳簿を持っており、ギャングたちはそれを手に入れようと必死になっていた。しかも、グロリアはボスの元情婦、彼らの冷酷なやり口をよく知っていた。

ニューヨークの街をフィルを連れて逃げ回るグロリアに「お前には興味はない。子供と手帳を渡せ」と執拗につきまとう昔の仲間。グロリアは容赦なく彼らに銃を向けていくのだった…。

果たしてグロリアはフィルを守り切れるのか? そのサスペンスでグイグイと観客を引っ張っていくが、この映画の醍醐味はギャング組織に立ち向かうグロリアの肝の据わり具合と、幼いフィルとのぎくしゃくとした関係の変化にある。

フィルを預かってくれと頼まれた時に「子供は嫌いだよ、特にあんたの子供はね」と断ったグロリア。この言葉は本音だろう。彼女は本当に子供なんか欲しいと思ったことはなかったのだ。

写真クレジット:Columbia Pictures
グロリアの過去はこの映画であまり明かされないが、煙草の吸い方に、銃の構え方や撃ち方に、追手を挑発し、罵倒する歪んだ口元に、彼女の過去がくっきりと浮かぶ。海千山千、強面の女だったに違いない。そんな女がマセタ口を利く6歳の少年を守るハメになった。初めはフィルが煩わしく「勝手にしな」と言って彼を置き去りにする彼女だったが、次第に力をつけて獣のように変身していく。

女は子供に弱いと言ってしまえばそれまでかもしれないが、私はむしろグロリアの侠気を感じた。子供も平気で殺す気か、というグロリアの積年の怒りが爆発したのだ。怒った時のグロリアに怖いものは無い。

フィルの手を引きながら、ウンガロのドレス(素敵!)の入ったスーツケースを最後まで手離さなかったグロリア。ボスとの対決場面でなぜフィルにこだわったかと聞かれ「一緒に寝た男の中で一番良かったからよ」と言い放つ心意気。クール! 裏街道を生きてきた女の矜持ここに在り。これを女のハードボイルドと呼ばずして何をハードボイルドと呼ぶのか。

難解なカサヴェテス作品の中では最も分かりやすい作品で、商業映画としても成功し、ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞している。99年にシャロン・ストーン主演でリメイクされているが、本作の足下にも及ばない作品なので混同をしないで欲しい。
上映時間:2時間3分