"The Times of Harvey Milk" (1984年、邦題『ハーヴェイ・ミルク』)


ハーヴェイ・ミルク』 写真クレジット: Telling Pictures

ドキュメンタリー映画が劇映画と同じように観客の心を掴み、感情を激しく揺さぶることの出来る力強いメディアだ、ということを世界に証明した記念碑的作品を紹介しよう。『The Times of Harvey Milk』だ。
ドキュメンタリー映画はかつて記録映画と呼ばれ、映像を通して事実や現実を客観的な立場で撮り残します、という作風のものが多かった。しかし、80年代ぐらいから、実在する人や過去の事件などを追いながら、作り手の考えや対象への思いを積極的に表現する自由なメディアに変化してきたように思う。

アメリカでは特にその傾向が強く、社会や政治、宗教や文化、ライフスタイルなどを独自な視点で捉えた見応えのある作品が多く製作されている。そんな新しいドキュメンタリー映画スタイルの先鞭を切ったのが本作。アカデミー賞最優秀長篇記録映画賞の他、多くの映画賞を受賞している。

ハーヴェイ・ミルクと言えば、今年ショーン・ペンがアカデミー主演男優賞を受賞して話題になった劇映画『ミルク』で知っている人も多いだろう。

彼は、77年に全米で初めてゲイであることを公表して公職に就いた人。当地のカストロに小さなカメラ屋を持ち、同性愛者差別と闘った活動家で、サンフランシスコ市議会に立候補して3度目に市政執行委員に当選。同性愛者の教員を解雇しても良いというProp. 6 の反対運動を先頭になって推進し、破棄に追い込んだ。

しかし、勝利の喜びもつかの間、市庁舎の中で他の執行委員によって市長と共に射殺されてしまう。執行委員在籍たった11ヶ月後のことだった。

本作はミルクの生前を知る友人や選挙参謀労働運動家やコミュニティ活動家らの証言や当時のニュースフィルムをまじえ、ミルクのユニークな人柄と主張を振り返りながら、彼が生きた70年代のサンフランシスコを生き生きと蘇らせている。

後半は彼の暗殺によって一気に暗転。希望の明かりがかき消された悲嘆から、射殺犯裁判の不当な結果に怒りが燃え広がったその後の動きも丁寧に描かれている。

監督はProp. 6の反対運動を記録していたロブ・エプスタイン。彼は78年のミルクの死後、本作の製作を思い立ち、ゲイ・コミュニティで地道な資金集めを続けながら、6年をかけて完成させた。20代だった彼がミルクとの出会いによって得た勇気と感動、そしてミルク暗殺の悲劇を乗り越えた体験がそのままこの映画の鼓動となって波打っている。

見終わると「愛」という言葉が浮かんでくるのもそのせいだろう。エプスタインのミルクへの敬愛、そしてミルクが繰り返し呼びかけた「カミング・アウト」の真意である「自分を偽らず愛そう」というメッセージが心に響く。

04年にリリースされたDVDは、本作の20周年を記念したデジタルリマスター版で、監督や他のコメントやインタビューなども多く収録された2枚組。現在見直してみると、彼の死の悲劇性よりも彼の微笑みが印象深く、この作品全体を温かに包んでいるように感じられた。

上映時間:90分

ロブ・エプスタインの映画製作会社の公式サイト:http://www.tellingpictures.com/