"The Maid"


"The Maid" 写真クレジット:Elephant Eye Films
チリの映画監督セバスチャン・シルバのデビュー作。メイドと共に育った彼の体験から自ら脚本を書き映画化し、今年のサンダンス映画祭のワールドシネマ作品賞を受賞した作品だ。
主人公はサンティアゴの裕福な家庭で住み込みメイドをしているラケル(カタリナ・サアベドラ)。ティーンを頭に4人の子供を持つ大学教授夫婦の家庭で黙々と働く無愛想なラケル。それでも彼女は子供たちになつかれ、家族に誕生日を祝ってもらい、一見平穏な暮らしを23年も続けてきた。

そんなある日、女主人(クラウディア・セレドン)がもう一人メイドを雇うと言い出した。ラケルが大変そうなのでと言う彼女に他意はないが、ラケルは強く反発。次々とやってくるメイドに子供じみた意地悪を仕掛け、彼女らを追い出してしまう。

ホラーっぽい展開だが、本作の狙いはラケルの心理にある。会社勤めをしていれば誰もが体験することだが、素朴な彼女にとって自分の代わりはいくらでもいるという認識を持つのは難しい。18才頃からこの一家と暮らし、子育てをしてきた彼女は使用人以上。だが家族未満でもあり、その曖昧さがラケルを追いつめる。家族の愛に恵まれなかったらしい背景も描かれ、ラケルの閉ざされた世界が少しずつ浮き彫りになっていく。

シルバ監督は、彼の家族のために献身的に働くメイドと暮らしながら、彼女と彼の家族の愛情が雇用関係による条件付きのものであることに反発を感じて、彼女に反抗的に振る舞ったと語っている。本作でもラケルを嫌う長女が出てくる。自分を育てた人が親の使用人というネジレ関係。親愛の情を持ちはぐれ、慈悲や哀れみ、罪悪感などクルクル変わる感情に振り回された少年時代だったようだ。

そんな自分の屈託を、メイドの心理変化を通して描くという意欲的な試みだ。チリのスペイン統治時代の名残である住み込みメイド。その歪みを階級的対立問題として提示するのではなく、女性の自立への目覚めという視点で描いた点が優れている。

後半はラケルの再生に焦点があたる。そのきっかけとなった出会いも実際にあったことらしく、世界に一つしかない物語として好ましく感じられた。自分の家族を持つこともなく、他人の家族のために生きてきたラケル41才の危機。だが、それは中年クライシスとはほど遠く、むしろ青春の始まりを感じさせ清々しい。主演のサアベドラの野太い演技に真実味があり大きな見どころになっている。

上映時間:1時間35分。サンフラシスコはクレイとバルボア・シアターで上映中

"The Maid"英語公式サイト:http://www.themaidmovie.com/