"A Single Man" (邦題『シングル・マン』)


シングル・マン』 写真クレジット:The Weinstein Company
死を覚悟したゲイの辞世の句のような映画だ。美青年や美男が登場して、たいへん美しい。主人公の女友だちを演じたジュリアン・ムーアの乱れた髪の毛の一本一本にもスタイリストの手が入っている感じだ。こういう映画はヘタをすると、ブランド香水のTVコマーシャルみたいになってしまう。
ところが、主演のコリン・ファース会心の演技を見せ、趣味良く整理整頓された男の世界に破綻と苦悩の色を加えている。

ファースと言えば『ブリジット・ジョーンズ』のMR. ダーシーがまず思い浮かぶ。インテリの英国紳士で気難しいが誠実な人柄。そのイメージに加えてゲイというのが本作の役どころだ。これが良く似合っていた。舞台が1962年ということもあって彼の古風さが生かされ、抑制された哀感が深く心にしみた。

舞台は南カリフォルニア、英国人の大学教授ジョージ(ファース)は、その日も恋人ジム(マシュー・ゴディ)の事故現場の夢を見て目をさました。彼は長年生活を共にしたジムへの追憶と孤独に苛まれ、死を決意していた。この世で最後の日を平穏に過ごそうとするジョージだが、いくつかの偶然が彼の心を微かにかき乱すのだった。

原作はクリストファー・イシャウッドの同名小説。彼は映画『キャバレー』の原作を書いた英国人小説家で、ハリウッドとの縁も深い人だ。年下の恋人ドンとの関係を描いたドキュメンタリー "Chris & Don. A Love Story"(07年)が記憶に新しい。

監督は原作を若い頃に読んだというデザイナーのトム・フォード。90年代に死にかけていたグッチ・ブランドを再生させたファッション界の寵児である。彼の洗練された美的センスは時代の再現力に反映され、まるでフェリー二やゴダールの映画を見ているよう。なかなかのシネフィル、自分の才能と能力を知り尽くしての映画への初挑戦だったのだろう。

ゲイの主人公の内面を描いたゲイの作家の小説を、ゲイのデザイナーが映画化した作品だが、ゲイの体験を人間の体験として描く姿勢に揺るぎがない。最愛の人を失う悲しみにゲイもストレートもない。その当たり前を美しく真正面から描いたフォードは、デザイナーに映画が作れるのかという揶揄を本作ではね飛ばしていた感がある。

上映時間:1時間39分。サンフランシスコはカブキ、エンバーカデロ・シアターなどで上映中。
シングル・マン』英語公式サイト:http://www.asingleman-movie.com/#/home