"Food, Inc."


"Food, Inc." 写真クレジット: Magnolia Pictures
2009年に観た中で一番怖かった映画を紹介しよう。と言ってもホラー映画ではない。米国の食の現状を暴く衝撃的なドキュメンタリー映画だ。この映画を観終わると加工食品は買えない、ファストフードも食べられない、マジメに自炊をしようという決意がムクムクとわき上がってきた。
本作は、米国の巨大食品メーカーが安価な商品を大量生産するために、農業や酪農を工場=ファクトリー・ファーム(以下FF)へと変えてきた歴史とその恐るべき現状、問題点をさまざまな角度から追っている。

米国のスーパーマーケットでは47,000品種の製品が売られており、特に安価なスナック菓子などの加工食品の70%には、何らかの遺伝子組み換え作物(以下GMO)が含まれているという。

これらは、糖分や塩分が多く高カロリーで、肥満や心臓病、糖尿病の要因を作っており、2000年以降に生まれた子供の3人に1人、少数民族の子供なら2人に1人が糖尿病になる確率があるという予測もある…そんなショッキングなデータからこの映画は始まる。

これらの生活習慣病の元凶の第一に挙げられるのがファストフードだ。両親が共稼ぎで収入の少ない家族は、時間の掛からないファストフードに頼ることが多く、朝から一家でマクドを食べるという風景は珍しくない。

このファストフード産業がわずか30年位の間に米国の食を大きく変えてしまった。ファストフードのノウハウを確立したマクドナルド社は、初期には全米175の精肉業者から肉を購入していた。

ところが、78年頃からチェーンの拡大化を図るために、全米(現在は全世界)のどこでも同じ味のハンバーガーを提供しようとした。そのために均質な肉を安く大量に生産するシステムが必要となり、そこで巨大な屠殺・加工処理場が次々と建設され、精肉業者が大手5社に統合された。この5社が現在でも全米の精肉の80%をシェアしている。

問題はこれらの業者が使う牛である。放牧されることなく狭い場所に押し込められ、ホルモン剤を加えた粉末とうもろこしの餌を与えられ、無理に太らされた後に屠殺される。ところが、草を食べたことのない牛の肉には大腸菌が繁殖しやすく、バーガーを食べて発病する事件が07年だけで73,000件もあった。

その上、業者を監督するアメリカ食品医薬品局のトップは牛肉業界からの出身者が多く、野放し状態。政府は汚染された肉の回収命令の権限すらもっていない現状だ。米国の牛肉は怖い。ファストフードの人気が高い日本にとっても、彼岸の火事とノン気に構えていられない事態だと思う。

本作で一番驚愕したのは、大豆のFF化だ。現在米国で作られる大豆の90%はGMOで、その大豆の遺伝子には特許権が付与されている。この特許を独占するのは枯れ葉剤などを作っていた巨大バイオ化学メーカー、モンサント社。ここから種を買って大豆栽培をする農家は、収穫後の種子を翌年使わない契約をさせられ、種子を毎年買わなければならない。種はモンサント社の特許製品だからだ。

本作の中で、昔ながらの大豆栽培をしている農家のために種の洗浄をしている初老の農夫が、モンサント社知的財産権侵害で訴えられる事件を追っていた。周辺農家でモンサントの種を使っているため、図らずも混じってしまったのだ。農夫は長い裁判を続ける資金が尽きて示談に応じ、廃業に追い込まれた。モンサントはこうして小農家を駆逐してシェアを拡大してきたのだろう。

食物の種子に知的財産権、農家に種子を持つことを禁じる、まるでSF恐怖小説を読むようではないか。一体私たちの食はどこへ行くのか、心底恐ろしくなってくる。

本作は最後に、オーガニック食品の販売成長率が毎年20%づつ増えている希望的な一面と、食の現状を変えていく力は常に消費者にあるという呼びかけで結ばれていた。確かに自分がどんな食品を買うか、何を口に運ぶのか、まずはそこからの出発という感も強くした。

ファストフードの問題については、本作の製作者でもあるエリック・シュローサーの著書『ファストフードが世界を食いつくす』(草思社)に詳しい。監督はロバート・ケナー。『Food, Inc.』の日本での上映は未定。

"Food, Inc." 英語公式サイト:http://www.foodincmovie.com/