"A Prophet" (邦題『預言者』)


預言者』 写真クレジット:Sony Pictures
フランス映画としては久々の本格的ギャングもので、去年のカンヌ映画祭でグランプリを受賞した注目作だ。フランスのギャング映画といえば、 50〜70年代を飾ったフレンチ・フィルム・ノワールの系譜がある。
現金に手を出すな』や『仁義』などギャング仲間の友情と裏切りが描かれる渋い作品が多いのだが、本作はその伝統から外れ、フランス版の東映実録やくざ映画仁義なき戦い』という趣きがある。暴力描写は本家より生々しく、監獄を舞台に異人種が入り乱れるギャング抗争に巻き込まれる若いアラブ人が主人公だ。

19才のチンピラ、マリク(タハル・ラヒム)は6年の刑で収監された途端、監獄内で権力を握るコルシカ人ギャングのボス、シーザーにあるアラブ人を殺せと命じられる。殺人など未経験のマリクだが、断れば殺すと脅されて止むなくその男を殺し、シーザーの傘下に入る。

文盲のマリクは獄中で読み書きを覚え、コルシカ語までマスターし、生き残るため黙々とボスに仕え続ける。とはいっても彼はアラブ人。ボスはマリクに獄中での保護と特権を与えるものの「汚いアラブ野郎」と侮蔑を繰り返す。

アラブ系でありながら白人の手下をしているマリクは、アラブ人から嫌われ、白人からは侮蔑される。だが、マリクはそれを気に病むことなく、自身の特殊な立場を利用して力をつけていく。

中盤は、麻薬を扱うジプシーやエジプト系運び屋とのドンパチ、コルシカ・ギャングの内部抗争を経てマリクが強者へと変化していく様子が描かれるが、登場人物が増えて事件が錯綜するので、字幕で追うのに苦労するかもしれない。

驚くのは獄中生活で、独房にTVあり、携帯電話あり、麻薬は買い放題、面会日には娼婦までやって来るありさまだ。脚本と監督は01年の『リード・マイ・リップス』でセザール脚本賞を受賞したジャック・オーディアールで、慰問で刑務所を訪れた彼が、その実態を知って映画化を思いたったという。撮影では素人の収監経験者たちを多く出演させて、なかなかの凄み。

また、ボスのマリクへの徹底した冷酷さを見ていると、『仁義なき戦い』の山守のオヤジなど可愛いものという気にさせられる。アラブ人の若者を中心に据えたことで、人種のるつぼフランスの底辺を透過する視点が生まれ、ジャンル映画でありながらジャンルの枠を越える大きさを持った力作に仕上がっている。

上映時間:2時間29分。サンフランシスコはエンバカデロ・シアターで上映中。

預言者』英語公式サイト:http://www.sonyclassics.com/aprophet/