"Crazy Heart"(邦題『クレイジー・ハート』)


クレイジー・ハート』写真クレジット:20世紀フォックス映画
この映画は男の物語だ。でも、見終わった時強く印象に残ったのは、主人公の恋人を演じたマギー・ギレンホールだった。主演のジェフ・ブリッジスがアル中のカントリー歌手を演じて、アカデミーの主演男優賞を初受賞したことで話題になった映画で、この受賞がなければ日本での公開も無かったのではないかという地味な作品だ。
かつては大スターだった歌手が落ちぶれ、どさ回りで立ち寄った町で若い女と出会い再起を目指す…、驚くほどミッキー・ローク主演の『レスラー』に似ている。というより、ダメ男の再生話ってアメリカ映画にはすごく多い気がする。

話の転がり方からエンディングまで見当がつく話で、主演俳優らの演技力で見せるタイプの作品。ブリッジスは、離婚の回数と酒、借金、孤独が財産というダメ男をデロデロによく演じ、ギターを弾き、歌い、いい味を出していたと思う。でも、私にとってはギレンホールが断然光っていた。ちなみに彼女はこの役でアカデミーの助演女優賞にノミネートされている。

彼女の役は音楽ライターを目指すシングルマザー。男の記事を書くために、安モーテルに彼を訪ねてインタビューをする、というのが二人の出会いだ。男は何年もインタビューをされたことがないのだが、「どんな歌を聞いてきたの?」と熱を込めた質問をする彼女に「きっと知らないだろうが」と言いながら古いシンガーの名を挙げていく。女は今流行のカントリーの甘ったるさへの失望を語り、男は忘れていた自分の原点、カントリーへの情熱を思い出す。

ダメ男にとっては願ってもない女の登場、しかも彼より二周りも若い魅力的な女だ。あーあ、都合良すぎない?と思うのだが、ギレンホールを見ているとそんな気が失せていく。彼女がこの男に惹かれた、という一点にまったく嘘が感じられないのだ。

カントリーが好きで、この男の歌が好きで、その延長線上にこの男がいた、という感じ。しかも、彼女は慎重だ。男に酒を止めろとも言わないし、何も要求しない。少しづつ自分と子供の暮らしの中に男を招き入れ、決して熱くなったりしないのだ。

男への情感と母親としての自覚、ライターへの志し、そのすべてを受け入れて生きようとする姿に無理がない。アレもコレも欲しいではなく、アレもコレもあるがままに受け入れるという自然体。ギレンホールでなければ、この豊かな立体感は出せなかったのではないだろうか。

彼女はまだ30歳を越えたばかりだが、本作の中ではあまり若い女という感じがしない。知的で落ち着いた雰囲気がそう思わせるのだろう。大ヒットした『ダークナイト』にも出た人だが、ハリウッド女優という臭みがなく、よくワーストドレッサーに選ばれたりしているのがご愛嬌だ。

明快な政治的発言をよくする人で、「9/11事件はアメリカに責任がある」と発言をして反発を喰らったこともある。そんな彼女の実像とこの役柄はどこか重なっているのかもしれない。要するに嘘っぽくないのだ。

さて、話を映画に戻そう。仲良くやっていた二人だが、男が無責任な事件を起して女はある決意をする。それが実に潔い。繰り返しになるが本作は男の物語なので、その後も男の再起への道が描かれていくが、私の中では彼女の鮮やかな残像が消えない。

そして、グッとくるエンディング。そうか、そうか、彼女はこういう人だったんだと、心地よい納得に浸った。たまにはハッピーエンドも悪くない。脚本と監督は俳優のスコット・クーパー

上映時間:1時間51分。6月12日から全国ロードショー開始。
クレイジー・ハート』日本語公式サイト:http://movies.foxjapan.com/crazyheart/