『キッズ・オールライト』(原題 "The Kids Are All Right")

キッズ・オールライト』写真クレジット:Focus Features
映画を見ていると、もうかなりの年のハズなのにシワ一つない女の顔をよく見かける。女優は幻想を売る商売だから仕方がないのかもしれないが、たまに年相応な女の顔を見るとウレシくなる。本作に主演するアネット・ベニングもその一人。笑うと細かいシワが顔一杯に広がってキレイだった。同性カップルのオトーサン役を好演している。相方は演技派で知られるジュリアン・ムーアだ。
「レスビアンもの」というとカムアウト問題、恋愛や性愛を描く映画が多かったと思うが、本作はコメディタッチのファミリードラマ。長年共に暮らし、子を産み育ててきた二人の女が直面する家族の危機をセンスの良い笑いに包んでみせながら、セクシュアリティを越えた家族愛と信頼というテーマを浮かび上がらせて行く。今年のサンダンス映画祭で一番話題を集めた作品だ。

ロサンゼルスの郊外で快適な暮らしをするニック(ベニング)とジュールズ(ムーア)には、18歳の娘と15歳の息子がおり、子供たちの父親は精子バンクから選ばれた同じ男性という設定だ。家族を描く映画の成否は構成員の個性をどこまでリアルに書き込めるかで決まる気がする。

本作の面白さもまさにそこにあって、医師として家計を支えてきたニックと家事子育てをしてきたジュールズを、単純な男役女役という色分けではない多面的な個性として描いていて面白い。

息子のレーザーが二人の寝室でゲイボルノのビデオを発見し「なんでゲイポルノなんか見てるの?」と質問すると、それには応えず勝手に親の寝室に入ったことを叱るニック。反してジュールズは「セクシュアリティというのは簡単ではないのよ」と性的想像力について延々と解説を始め、レーザーは目を白黒。

ダメなものはダメと子供に厳しいニックと細かなことに気が回ってつい喋り過ぎるジュールズ。ボケとツッコミ風のカップル気質が生き生きと描かれ、二人の人間的な魅力に引き込まれていく。

物語は、娘のジョニが18歳になって父親を知る権利が認められ、弟レーザーの強い勧めで父親ポール(マーク・ラファロ )に連絡を取るところから動き始める。もちろん、母たちには内緒だ。ポールは人気レストランのオーナーでバイクを乗り回す独身男。娘は彼が気に入り、息子は少し警戒心を持つが再会を約束する。

一方、家庭生活とは無縁な独身暮らしを楽しんで来たポールは、突然の子供の登場にドギマギしつつも悪い気がしない。学業優秀で素直なジョニは可愛いし、レーザーとはスケボーなどをして父親気分。

そんな頃、子供たちとポールとの密会が露見して、母二人はショックを受ける。「ただの精子提供者なのに」と声を荒げるニック。ジュールズは「ここは落ち着いて、彼を家に招待しよう」と提案する。軽い会話術で家族にとけ込もうとするポール。ギクシャクとした会食の後、好意から造園業を始めたばかりのジュールズに自分の庭の造園を依頼する。

ジュールズは様々な仕事をしてきたがどれも長続きせず、それが大黒柱ニックとの対比でコンプレックスになっている。自己実現不燃状態で自信喪失気味。それを知っているニックはジュールズに優しくするのだが、自信はそんなことでは回復出来ない。

女同士のカップルにありがちなパターンで、私自身も身につまされた。そんな不安定なジュールズにポールが接近。彼に仕事を貰ったジュールズは自信回復のきっかけを掴もうと張り切り、思いもよらない行動をしてしまう。

平穏で安定した家庭に異物が入り込むことで巻き起こる家族の変化。労せず家族をまるごと横取りしようとしたポールに対して、敢然と立ち向かうニック。あわやという家族の危機を、騒ぎすぎることなく収めて行く家族の互いへの思いやり、真っすぐな性格の子供たちを育ててきたニックとジュールズの親としての自信と互いへの信頼が、気持ちよく描かれていく。ベニングの顔のシワも大活躍。中年カップルの危機に現実感を持たせている。

脚本と監督はリサ・チョロデンコで98年に退廃的な女性写真家と女性編集者の関係を描いた『ハイ・アート』でデビューした。寡作の人でこれが長編4作目、男性脚本家と二人で脚本を練り上げるのに5年も掛けたという。

その間に人工授精による妊娠出産を体験。自身のセクシュアリティを作品作りの中心に据える作家性の強い監督だ。今回は意図的にメジャーでのヒットを視野にいれた作品を目指したという。本作が夏のアクション大作と混じって大型シネコンで上映されれば、マイナー感の強かった「レスビアンもの」の枠を打ち破る快挙と言えるだろう。

上映時間:1時間47分。サンフラシスコは7月16日よりブリッジ・シアターで上映開始。
キッズ・オールライト』日本語公式サイト:http://allright-movie.com/