"Winter's Bone"(邦題『ウィンターズ・ボーン』)


ウィンターズ・ボーン』 写真クレジット:Sebastian Mlynarski/Roadside Attraction
冷たい風が吹きすさぶ貧しい山村の夕暮れ、中年の夫婦が逆さに吊るした鹿の肉を裁いている。それを遠くから見つめる腹を空かした少年。幼い彼は脇に立つ姉を見上げて聞く。
「今夜も隣りのおばさんが食べ物もってきてくれるかな?」
「そうかもね」
「ねえ、聞いてみる?」
すると姉は弟の顔をしかと見て言う。
「絶対ダメ。人がしてあげなきゃと感じるようなことを聞いちゃダメ」
隣人への思いやりを滲ませた主人公リーの言葉だ。

彼女は17歳、幼い弟と妹がいる。母は鬱病で何も出来ず、ドラッグ・ディーラーだった父は行方不明。現金も底を付いたこの一家の暮らしは少女リーの小さな肩に重くのし掛かかり、保安官が伝える悪い知らせがさらに彼女を窮地に追い込む。

失踪中の父親が法廷に出頭しないと、保釈金の担保になっている家を立ち退かねばならなくなる、というのだ。リーは動転を顔に見せず「じゃあ、私が父を捜す」と応えるのだった。

物語は、リーが家と家族を守るために父親を捜すミステリー仕立てで展開を始める。一人山道を歩いて父の行方を捜すリー、その先々で覚せい剤の製造と販売で生き延びる寒村の実態が描かれ、リーはその犯罪組織の闇に阻まれ苦戦する。

フローズン・リバー』以来久々の女性主人公の姿が胸に迫る力強い作品で、今年のサンダンス映画祭でグランプリを獲得した作品でもある。監督は本作が2作目のデブラ・グラニク。ダニエル・ウッドレル(『シビル・ガン 楽園をください』の原作者)の原作を彼女自身が脚色した。

舞台はミズーリ州オザーク、東部数州にわたって縦長に続くアパラチア地方の南部だ。19世紀にスコットランドアイルランド系の移民が多く入植した山岳地域で経済発達も遅れた。今でも昔ながらの狩猟をするヒルビリー(教育のない田舎者の意、蔑称として使われる)と呼ばれる山の人々が暮らす。

リーはまさに山の子で、幼い妹と弟に銃を使ってリスを狩猟する仕方を教える。他に食べるものがないからでもあるが、リスを食べることは至極当然のこと。子供が銃を使うなんて、という言葉も引っ込む彼ら独自の暮らしぶりだ。

父を知っている男を追うリーだが、男の一族である年長の女たちが現れ、寄ってたかって若いリーに暴力を振るう。顔を腫らし血をながすリー。それにしても、襲った女たちの風貌の凄まじさよ。荒々しい暮らしと覚せい剤のヤスリでゴリゴリと削られた顔とでも呼ぶべきか。あまりのリアリティに息を飲む。

そんな体験を通して、リーは父は死んでいるのではないかと確信を持つようになるのだが、死体が上がらないうちは失踪扱い。リーの状況は変わらない。一家離散を目前にした彼女は、なんと軍への入隊を志願する。入隊時に4万ドル貰えるという広告に誘われたのだ。

かつてリーにとって軍隊は、オザークから抜け出す唯一の道だった。軍隊に入って外国にいくことを夢見ていたのだが、今や彼女は身売り同然にまで追いつめられていた…。

17歳の少女の憧れが軍隊、しかも職業選択の余地はそこにしかないという状況に暗澹となる。しかし、これもまた米国の現実で、イラク戦争に志願した女性兵士の多くがここアパラチア地方の出身者という。イラク戦争の最初の救出作戦で救助された女性兵士も、アブグレイブ刑務所で捕虜の虐待をしたとして訴追された女性兵士もアパラチアの出身。本作の出だしでリーが軍隊の行進をウットリと眺めるシーンが、この地の文化気風をよく描き出している。

リーは父を見つけることができるか? 家族を離散から守ることができるのか? 大きな謎を軸に観客はリーの家族に対する優しさ、17歳にとっては重過ぎる責任を生き抜こうとする勇気、そして山の人間であることの誇りを知る。主演のジェニファー・ローレンス(19才)がともかくも素晴らしい。

本作のもう一つの主役は、舞台となるオザークの大地とそこに生きる人々の風景だ。音楽仲間が集ってゆったりとしたカントリー音楽を歌い演奏する夕べのひと時。食べ物のない家に芋や鹿肉などを届ける隣人。

貧困と覚せい剤によって、家もコミュニティも崩壊したかに見える山の人々に息づくオザークの伝統。リーとその一家を見放した最悪の状況を好転させるのも、まさにこれらの人々の助けだった。甘さや感傷に流れることなく、米国の一風景をそこに生きる人々を通して描き切った見事な一作と言える。

上映時間:1時間40分。サンフランシスコはオペラ・プラザ、4スター・シアターで上映中。
ウィンターズ・ボーン』 英語公式サイト:http://www.wintersbonemovie.com/