"Never Let Me Go"(邦題『わたしを離さないで』)


『わたしを離さないで』写真クレジット:Fox Searchlight Pictures
日の名残り』などで知られる日本生まれの英国作家カズオ・イシグロの最高傑作と呼ばれる小説の映画化である。若い主人公の追憶と内面世界を描きだした文学的香りのする作品で、英国の人気若手俳優たちの競演も大きな見どころだ。
物語は28歳になるキャシー(キャリー・マリガン)の回想で始まる。彼女は子供の頃、英国の田園地方ヘールシャムにある私立の寄宿学校で、健やかに少女らしい生活を送っていた。その回想の中には、夢見がちで活発なルースと絵を描くのが好きなトミーという二人の忘れがたい級友がおり、トミーはキャシーの淡い初恋の相手でもあった。

3人は18歳になると、農場のコテッジに移って同世代の若者たちと暮らしはじめた。ルース(キーラ・ナイトレイ)とトミー(アンドリュー・ガーフィールド)は恋人同士となり、トミーへの想いを抱えたキャシーには苦しい生活だった。

恋と友情、小さな誤解に悩む若者たちの姿が静かで美しい映像で淡々と描かれていく。そのちょっと懐かしいような心地よさに酔っていると、ふと暗い光が射し込む。彼らの間で交わされる奇妙な会話を通して、彼らの未来に待ち受けている過酷な運命が少しずつ明らかになっていき、本作が平凡な青春を描いた作品でないことが分かっていく。

原作者イシグロはインタビューの中で「私の世界観は、人はたとえ苦痛であったり、悲惨であったり、あるいは自由でなくても、小さな狭い運命の中に生まれてきて、それを受け入れるというものです。」と語っている。

これだけ読むとやや後ろ向きに聞こえるかもしれないが、作家ならではの視点である。本作でも過酷な運命に抵抗することなく、受け入れていく若者たちの姿が描かれるのだが、限界があるからこそ彼らの日々は貴重であり、愛も最上の輝きを放っていく。たぶん、イシグロはその美しさと哀しみに注目しているのではないだろうか。

見終わるとさまざまな想いが何日も続く作品で、ぜひ原作を読んでみたいと思わされた。これは良いことでもあるのだが、「原作の方が良いに違いない、キャシーの想いをもっと知りたい」という感想は、完成された映画世界への不満の現れでもある。脚本は『28週後...』のアレックス・ガーランド、監督は『ストーカー』のマーク・ロマネク

上映時間:1時間44分。サンフランシスコはエンバカデロ・シアターなどで上映中。
『わたしを離さないで』英語公式サイト:http://www.foxsearchlight.com/neverletmego/