『子猫をお願い〜Take Care Of My Cat』(01年、韓国映画)


写真クレジット:ポニーキャニオン
中学に入学して直後、とても目立つ小グループが出来た。長身の美少女(在学中からモデルをしていた)を中心に、彼女を囲む男の子っぽい雰囲気の女の子数人が、校庭の隅でいつもたむろしているのだ。私立女子校に特有の文化かもしれないが、明らかに美少女が女王様で、他は親衛隊という感じ。彼女らは自信満々に他の生徒たちを睥睨(へいげい)し、周りを寄せ付けなかった。あの目立ち方は、存在としてカムアウトしてる状態だったと思う。今にして思うと立派なものである。
私はと言えばかなりのボンヤリで、彼女たちがどういう関係なのか何も分かって無かった。それでも、気になるクラスメートがいて、憧れの混じった想いで彼女らを見つめていたように思う。

中学高校を通して、気なる子というのはいつもいて、彼女たちに話しかけられるとドキドキしたものだ。それが恋の感情だったかどうか分からないが、魅惑的な感情だったことは確かだった。私のめざめはノロノロとして、心と身体のビッグバンが起きる以前の混沌の時期だったように思う。本作『子猫をお願い』を観ていて、その頃を懐かしく思い出してしまった。

仲良し5人組の高校卒業後の姿をデリケートなタッチで描いた若い女性監督の作品だ。映画はたくさん観ている方だと思うが、女の子同士の変化していく関係をしっかりと描いた作品というのはあまり観たことがない。若い主人公らの瑞々しい感性が丁寧にリアルに描き出されていて、01年の「韓国女性の選ぶ最高の韓国映画第1位」にも選ばれている。

ソウル郊外の仁川(インチョン)市の女子商業高校を卒業した美人で野心満々のヘジュ(イ・ヨウォン)と親友のデザイナー志望のジヨン(オク・ジヨン)、双子の姉妹のピリュ(イ・ウンシル)とオンジョ(イ・ウンジュ)、夢見がちなテヒ(ペ・ドゥナ)の5人が主人公だ。

ヘジュは荒れた家庭環境を嫌ってソウルに引っ越し、証券会社で働いている。職場では上司に気に入れられようと素直な子を演じるヘジュだが、高校の仲間たちには明らかな優越感を持ち高飛車に振る舞っている。一番仲の良かったジヨンは失業中、デザイン学校に進みたいのだが両親を早くに無くして経済的に困窮し、老いた祖父母とバラックで暮らしている。

ヘジュの誕生日会を昔のように楽しく過ごす5人、ジヨンはヘジュに子猫をプレゼントする。ところが少しして、ヘジュは猫は飼えないといってジヨンに猫を返し、二人の関係に亀裂が生まれる。そんな二人の仲違いが辛いテヒが仲立ちを買って出るが、ジヨンへの思いやりを欠いたヘジュの冷たい言動がさらに二人を疎遠にしていく。

テヒは父親の経営するサウナを手伝って日々を過ごしているが、父親のゴリゴリの父権的態度にウンザリしている。だが、自分が何をしたいのかが今一つ掴めない。昔仲間がバラバラに遠ざかっていくのが悲しく、生活苦で暗く沈んでいくジヨンを元気つけようと彼女のバラックを訪ねるのだった。

写真クレジット:ポニーキャニオン
前半は壊れていくジヨンとヘジュの関係、後半はジヨンを気遣うテヒと更なる悲劇を抱え込むジヨンとの関係へと変化していく。双子は二人で自足して安定しており、変化していく関係の傍観者的役割を演じる。ジヨンの辛い日々を支えたのはヘジュが返してきた子猫だが、その子猫も飼えなくなってテヒが預かることになり、最後にこの子猫は双子に託される。

この物語には女の子同士の恋という気配はほとんど無いが、この子猫を追っていくと面白い。子猫はジヨンからヘジュにプレゼントされ、ヘジュからジヨンへ突き返され、ジヨンを思うテヒが引き取っていく。私なりの深読みをすれば、ジヨンは華やかなヘジュが好きだったのかもしれず、孤独に沈むジヨンが気になって仕方がないテヒの感情も友情とはちょっと違ったニュアンスが漂う。子猫はそんな女の子たちの想いを象徴していたのではないだろうか。

ジヨンが何時間も掛けてテキスタイル画を描き、それを子猫を入れた箱のラッピングペーパーにしてヘジュにプレゼントしたあの熱さは何だったのか。また、家を訪ねてくれたテヒにジヨンが、別のテキスタイル画をあげるシーンも忘れ難い。

ジヨンは無口で芯の強さをもった女の子で、本作中で一番魅力的だ。そんなジヨンのテキスタイル画を見て「すごいねえ、でも描いてるの退屈そう」とつい本心を言ってしまうテヒの素直さ。早熟なティーンと比べるとテヒには幼さが残り、いつまでも女学生気分が抜けない。そんなところが自分のあの時期を思い出させてくれたのだろう。

熱しやすく冷めやすい恋と違って、テヒのジヨンへの思い方には好き嫌いを越えた親身な友人という実体もある。苦境に押しつぶされそうになるジヨンを最後まで支えるのはテヒで、それが素晴らしいエンディングへと繋がっていく。私の深読みがあながち間違って無かったかも、と思ってくれる人もいるだろう。わっーと声を上げたくなる素敵な幕切れだ。

オリジナル脚本/監督は製作当時30才のチョン・ジェウンで、本作が長編デビュー作である。写真を見るとムムム、ショートカットに黒ぶち眼鏡、化粧気なし。人を見かけで判断してはイケナイとは思うが、とてもストレートには見えない。

ジェウン監督は自身の体験を本作に反映させたのではないだろうか。でも、明らかにレスビアンの女の子を主人公にした映画を作ることが難しかったから、含みの多い映画になったのかもしれない。または、恋とも友情ともつかない女の子同士の関係を真正面から描こうとしたのかもしれない。どちらでも構わないのだが、私にはすこぶる面白い映画だったことだけは確かだ。

恋や恋愛をそれとして描いてしまう退屈さ、とでも言うのだろうか。本作のように観る者によって見えるものが違ったり、映画の画面で起きていることの奥にあるものを想像していく面白さをくれる映画は貴重だ。それが女の子同士の関係であればなおのこと、ではないだろうか。

上映時間:1時間52分。