"Project Nim"


"Project Nim" 写真クレジット:Roadside Attractions
「マン・オン・ワイヤー」でアカデミー賞を受賞した英国の映画監督ジェームズ・マーシュの最新作で、人間の子供として育てられたチンバンジー、二ムの「数奇」な運命を追ったドキュメンタリー映画である。だが、監督の視線は二ムに対してよりも、二ムに関わった人間たちにより明確に向けられており、人間観察の優れた映画作品になっている。
73年、オクラホマの霊長類センターで生まれたばかりのチンバンジーが母親から引き離され、ニューヨークに住む若い母親のいる一家に預けられた。チンパンジーの子を人間として育てた場合、人間と会話をすることが出来るようになるのか、という研究対象として選ばれたのだ。

研究者はコロンビア大学の心理学教授ハーバート・テラス。二ムと名付けられたチンパンジーは、おむつをして人間の子供の服を着て、家族の一員として生活を始める。ところが、母親は二ムを放任して何も記録しないので、テラス教授は二ムを大学所有の大邸宅に移し、若い女子学生に暮らしながら手話を教えるよう指示していく。さらに二人の若い学者の卵がこの研究/生活に加わり、二ムは手話を100程覚えて、自分の欲求の一部を伝えられるようになっていく。愛らしい二ムと若者たちとののどかな生活が続くが、二ムが動物としての本性を表し始めると、事情は一変していく。

当時を振り返る母親や研究を助けた学生らの証言に、幼い二ムの記録写真や映像、再現フィルムを重ねていくというマーシュ監督らしい演出で、二ムの生涯が振りかえられていく。ヒッピー的な暮らしをしていた母親の能天気な回想や、霊長類センターで二ムの世話をした男性の「一緒にマリファナを吸って、グレートフル・デッドのコンサートより楽しかった」という感想などに、70年代らしい時代の空気が感じられて面白い。また、二ムを救うため、「人間として育った二ムは人間として扱うべきだ」と主張した弁護士の存在もユニークだ。

動物に手話を教えて成功した例に、メスのローランドゴリラ、ココがいる。彼女は1000語以上の手話を使って人間との会話に成功し、40歳を過ぎた現在もマウイ島の保護区で暮らしている。ココの幸運は、子供の頃から現在に至るまで彼女に手話を教え、研究を続けたペニー・パターソン博士の尽力によるものだろう。

二ムと暮らしたことのある人たちは、彼の話をする時に皆涙を流した。だが、彼の運命を決めたテラス教授は彼と暮らしたことは一度もなく、証言中に表情を崩すことがなった。そんなペタリとした彼の顔を見ていると、顔というのは人間性を映し出す鏡だということがよく分かる。それを見事に映し出したマーシュ監督は、やはりただ者ではない。
上映時間:1時間33分。バークレーのRialto Cinemas Elmwood で上映中。
"Project Nim" 英語公式サイト:http://www.project-nim.com/