"The Tree"


"The Tree" 写真クレジット:Zeitgeist Films
大きな木を見ていると賢人のような気がしてくる。しっかりと根を大地に張り、一歩も動くことなく風雪に耐え、人間の一生の何倍も生きてきたのだ。英知に溢れ、耳を当てれば声だって聞こえてきそうだ。それが10歳にもならない少女なら、木と会話をすることだってあり得ないことではない。そんな少女が出てくる物語だ。
舞台はオーストラリアの農村。ドーン(シャルロット・ゲンズブール)とピーターは、イチジクの巨木のある家で、4人の子供たちと共に暮らしていた。ところが、突然ピーターが心臓発作で逝き、ドーンはあまりのショックで寝込んでしまう。家事を放棄した母に代って中学生の長男が家事を引き受け、なんとか生活が維持されていた。そんな頃、8歳になる一人娘のシモンが、父が木に住んでいると言って、一日のほとんどを木の上で過ごすようになる。

やや遠景で捉えるこの一家が暮らす家と巨木を見ていると、まるでこの木がこの家を守っているように見える。シモンが父が木に移り住んでいると思ったのも自然なことで、父はきっとこの木のような大きな愛で家族を守っていたのだろう。実に見事な木で、監督らはこの木を見つけるのに2年もかかったという。

父の死から一年が過ぎた頃、木の根が張り出し始めて下水管を壊し、家そのものまでも脅かし始める。ドーンは家を救うために木を切るしかないと決意するのだが、シモンは頑強に反対して木の上に居座ってしまう。

物語は不思議な力をみせる木を中心に据えながら、『となりのトトロ』的ファンタジーには向かわず、突然の死を体験した母と子供たちの衝撃と関係のダイナミズムを丁寧に描いていく。ゲンズブールは悲嘆にくれるデリケートな母に適役。いつもどこかうわの空であっという間に恋人が出来る、母というより女であることが第一という女性を巧く演じている。もっとしっかりして欲しいという母親像ではあるが、一番大きく成長していくのも彼女なのだ。

また、シモン役を演じた演技経験のないモガナ・デイビスも良かった。最愛の父の死という未曾有の体験を、豊かな想像力で乗り越えていく少女の生命力を身体一杯漲らせてる。ただ愛らしいだけでない早熟で頑固な少女の特性を引き出した監督の演出力も特筆したい。

監督は03年に初作品『オタールが去ってから』でカンヌの批評家週間賞を受賞したフランス人ジュリー・ベルトチェリ。『オタール…』も母子家庭が舞台で、まるで自分の家族を語るような率直で温かな語り口が特徴の若い女性監督だ。原作はオーストラリアの作家ジュリー・パスコーの小説『パパの木』。製作には数人の女性プロデュ−サーに参加しており、女性による女性映画という爽やかな印象が残った。

上映時間:1時間40分。ベイエリアはラークスパーのLark Theatreで上映中。
"The Tree"英語公式サイト:http://www.thetreefilm.com/