"Life, Above All" (『沈黙のはてに』)


『沈黙のはてに』 写真クレジット:Sony Picture Classics
南アフリカ共和国(以下南ア)を舞台にしたヤングアダルト文学のベストセラー『沈黙のはてに』(アラン・ストラットン著)を原作とした秀作映画だ。主人公は、ヨハネスブルグ近郊の小さな町で暮らす12歳の寡黙な少女チャンダ(コモツォ・マニャカ)。
長女である彼女には幼い弟や妹もいるのだが、酒に浸り家に寄り付かない継父と体調の悪い母のために家は貧しく、食べるものもない状態。生まれたばかりの妹の葬儀もチャンダが準備せねばならず、母の病気も心配でならない。そんなチャンダの耳に、母親の病気が町に災いを持ち込んだという悪意の噂が届いてきた。それを知った母親は子供たちを置いて失踪。チャンダは大好きな母を探す一人旅に出るのだった。

本作は、HIV感染者が約4〜5人に1人、妊産婦の感染率は約30%とも言われる南アの現状を背景としている。80年代から蔓延を始めたHIVに対して、「健康な者や性体験のない少女に病気を移すと病気が出て行く」という悪質なデマが流布した。長い部族社会の中で生きていた呪術の伝統が歪んだ形でデマの温床となった。その結果、強姦や犯罪の多発、孤児の増加などでさらに感染者が増えるという悪循環が生まれた。ちなみに南アのHIVの感染率は、アフリカ各国の中でも最も多いとさえ言われている。

チャンダが生きるコミュニティにはある程度の秩序が残ってはいるものの、孤児である親友は売春をしているし、親切だった隣人が裏切ったりと、チャンダの心はどんどん追いつめられていく。迷信深いコミュニティの人々が恐怖から彼女の一家に敵意を向けていくが、チャンダはまだ幼く、多くのことが理解出来ない。彼女の家に石を投げる町の男たちに正面から向き合い、たった一人で家族を守り、自分であろうとするチャンダだ。

原作では16歳だった設定を12歳に変えたのは、現状での子供たちはもっと早く成長している、という監督の判断によるものだったようだが、正解だった。チャンダが12歳だからこその説得力が生まれた。幼いチャンダが生来の芯の強さと聡明さで、重苦しい迷信と偏見をはね返し、少しづつ成長していく姿がアフリカの太陽のような力強い光を放って全編を照らしていく。12歳には重過ぎる運命を負った少女の物語でありながら、説教がましさや涙を誘う感傷が抑えられていたのも良かった。

監督は南アフリカのオリヴァー・シュミッツで、自国の存亡が危ぶまれるHIVの危機的な広がり対して、人は何が出来るか、何が人々を再生させていくのか、を考えさせてくれた。原発事故以来の日本を思うと共時性を感じるテーマではないだろうか。演技経験のないマニャカの強い意志を感じさせる表情は、今年観た映画のベストワン。勇気をもらえる映画、というのはこういう映画のことを言うのだ。
上映時間:1時間46分。

『沈黙のはてに』 英語公式サイト:http://www.sonyclassics.com/lifeaboveall/