『Big Bucks, Big Pharma』


写真クレジット:MEDIA EDUCATION FOUNDATION
昨秋久しぶりに親の家に滞在し、母親が飲んでいる薬の数の多さに驚いた。若い頃から高血圧で降圧剤を飲んでいたが、脳溢血で倒れて以来、薬の数は年々増え続けている。この新年に88才になった母の長生きはこれら多量の薬のお陰なのだろうが、反面これだけ多くの薬を取っても「健康」な身体に戻ることはなく、身体の不調はどんどん増えてきた。
たぶん何十年も取っている降圧剤の影響で出た症状に対して薬が出て、その薬の副作用に対する薬が出てということを繰り返した結果、これだけ多くの薬を取ることになったのではないか。

製薬会社にとって母のような老人はまさに金のなる木だろう。ふと製薬会社の狙いは、不健康なまま長生きをし、生涯薬を取り続ける人間をたくさん生み出すことではないか、という思いが過った。でも、まさか、いくらなんでもそんな酷いことを製薬会社が考えている筈はない……。

そんな私の思い込みをひっくり返してくれたのが前々回紹介した映画『Thrive』であり、YouTubeで見つけたドキュメンタリー映画『Big Bucks, Big Pharma - Marketing Disease & Pushing Drugs』(意訳:大金と大製薬会社、病気のマーケティングと薬の押しつけ)だった。

本作は医師や製薬会社の元営業担当者、学者や医療関係の消費者団体代表などのインタビューをまとめた1時間ほどの作品。人の命と健康を扱う業種でありながら、内実は「病気」という人の弱味を利用して莫大な利益を上げる製薬会社の実態を分かりやすく解説している。

その1、ブランド戦略。
米国では90年代後半からテレビで処方薬の宣伝が始まった。消費者が薬局で買えない薬の宣伝をなぜテレビでするのか、背景には製薬会社の収益倍増を狙ったブランド戦略があった。
新しい処方薬の宣伝を見た患者たちは、医者に行ってその新薬が自分の症状に合っているのではないかと聞く。医者たちはすでに製薬会社から新薬のサンプルを受け取っているので、その場で無料の新薬を与える。これが新薬との付き合いの始りだ。始めはタダだが処方薬として買うとかなり高額になる。だが、症状が緩和された人はこの新薬への依存を始める。ところがこの新薬、多くの場合旧来の薬とほぼ同じ成分で、格安のノンブランド品なら新薬より格段も安く買えるのだが、医者は新薬を処方する。
データ:98年から04年だけで製薬会社の宣伝費は5倍に増大、その結果として米国人が処方薬に使う金の総額は全世界の42%に上っている。

その2、医者を抱き込む。
製薬会社の医者たちへの営業活動は彼らが学生の頃から始まる。医大の学生に顕微鏡をプレゼントしたり、資格を取ってからは新薬名の入ったペンからカップ、時計など診療室に欠かせない備品を提供することから始まって、教育目的を口実にセミナーを装った旅行やゴルフツアーと賞品を提供して医師との太いパイプを作り、膨大なるサンプルを提供して自社の製品を処方してもらう営業活動をつづける。
元営業担当だった男性は「一人の医師に対して300万円位使うのは当たり前」「営業活動の効果は絶大だった」と証言する。データ:02年、米国製薬会社は平均して収益の31%を営業/管理費として使った。

その3、新しい病気を作る。
むずむず脚症候群やらアダルトADHD、社交不安障害など今まで存在しなかった新しい病気を発明するのも製薬会社の営業活動の一つだ。あたかもこれらの症状が治療を必要とする病いであるかのように何度もテレビで宣伝し、売れなくなった古いブランド薬と同じ成分の「新薬」の名前を視聴者の耳に叩き込み、医師に相談しましょうと呼びかける。火の無い所に火をつけて火事だ火事だと騒いでいるようなものだ。

ロックフェラー財閥は、20世紀初頭から米国医師会と緊密な関係を持ち始め、薬剤中心医療の研究に多大な資金を投入し、その一方で薬剤に頼らない治療法や代替医療を抑え込んできた。石油産業で莫大な資産を得たロックフェラー財閥系の銀行は、今でも製薬会社を金融面で支えている。
なるほど、医者が薬を処方するのもむべなるかな。ロックフェラー財閥と結んだ医師会の基準に添った医学を習得した者達が医師になるのだから、構造的に薬剤中心医療にしかなり得ない。一財閥が利潤のために作り上げた医療のあり方を、私たちはまるで最良の医療であると思い込まされてきたのだ。ちなみにロックフェラー財閥は世界保健機構(WHO)の発足の際に多大の資金を出している。

母はこれまで何回も降圧剤を変えたが症状は変わらない。結局は同じ成分の薬を何十年も飲み続けてきたのではないだろうか。病人がいなければ薬は売れない。である以上、製薬会社は病気を完治させる薬を作る筈がない、という気がしてくる。だからこそ薬に依存し、製薬会社の作り出した薬奴隷の罠にハマりたくない。そのためにはまず医者任せにしないこと、自分の身体の声を聞くこと、が出発点になるのではないだろうか。