"The Salt of Life"


"The Salt of Life" 写真クレジット:A Zeitgeist Films
だいぶ昔、作家の吉行淳之介が落語家の三遊亭円生をインタビューした際、彼が生家の間取りの話をしているのに、その語り口がまるで落語を聞いているように巧いので引込まれた、という話をしていた記憶がある。本作を観ていてその話を思い出した。
ローマを舞台に、リタイア生活を送る63才の男性の情けない日常を描いたコメディで、初老男の衰えの実感というよくある話を、味のある話として見せてくれている。

本作は08年にヒットをした快作 "Mid August Lunch" の続編とも呼べる作品で、焦点のない物語が滲むように広がる独特な語り口が特徴。脚本/監督は前作同様ジャンニ・ディ・グレゴリオで、彼の分身であるジャンニが主人公だ。

退職して暇の有り余っているジャンニは、現役で働く妻と大学生の娘と3人暮らし。妻の雑用を手伝い、娘のへ理屈に付き合い、近所の若い女が飼っている犬を散歩させ、些細な用事を見つけては彼を呼び出す母の元へ律儀に通うのが日課

冷蔵庫をシャンパンで一杯にして人生を謳歌する母に翻弄され、次々と登場する女たちが皆豊かな胸元を見せるドレスを着ているのに見とれながら、彼の日々は女たちの便利屋をすることで過ぎていく。

そんな彼をみて悪友のアルフォンソは「リタイヤした男には愛人が一人ぐらい居て当然」とけしかけ、出会いのチャンスを作っては彼を呼び出す。ジャンニ自身も、ご近所の女性から昔馴染みまで知っている女は全部当たってみるのだが…。

バーで女のバーテンダーに話しかけても一瞥も貰えず「透明人間と一緒だな」とため息をつくジャンニ。それでも、道端に椅子を出して一日を過ごしたり、犬を連れて孤独を託つ近所の老人たちのようにはなりたくない、という思いだけは強いのだった。

男にも女にも訪れる衰え。抵抗しながらもカサカサと枯れて行く男たちと、命の最後の一滴までどん欲に吸い尽くそうとする女たちの対比が際立って面白い。

とりわけ、ジャンニの97才になる母が頭脳明晰で、金髪のカツラに派手な化粧とブランド・ドレスで着飾る姿に、息子でなくてもタジタジ。イタリア女性の旺盛な生命力にあてられた。

ただウロウロしているだけにしか見えない主人公の言うに言われぬ思いが、そこはかとなく伝わる巧みな演出。何事かについての映画ではなく、何事も起きない男のおかしみを味わう映画と言えるだろう。

上映時間:1時間30分。サンフランシスコはオペラ・プラザで上映中。
"The Salt of Life" 英語公式サイト:http://www.zeitgeistfilms.com/thesaltoflife/