"Jiro Dreams of Sushi"


"Jiro Dreams of Sushi" 写真クレジット:Magnolia Pictures
銀座の江戸前寿司の名店「すきやばし次郎」の職人小野二郎さんの寿司作りを、若い監督デヴィッド・ゲルブが丹念に追ったドキュメンタリー映画だ。
子供の頃から寿司が大好きだっというニューヨーク育ちの監督の言葉に、隔世の感を持った。なにしろ、私が初めて寿司屋で握りを食べたのは成人してから。しかも年長者のおごりだった。

子供の頃は寿司屋にいくどころか、握り寿司を食べたことも無かった。寿司はハレの日やお客が来た時に出前で取るもの、というのが当時の庶民感覚ではなかったか。

時々覗いた近所の寿司屋はすっきりした店内で、きれいに掃除が行き届き、職人さんたちは皆短髪でキリッとした清潔感があった。当時の職人さんは皆そんな風で、どんな町にも必ずそんな小さな寿司屋があったように思う。

昔から都心には、超のつく高級な寿司屋は多々あったと思うが、本作で登場する「すきやばし次郎」は、どちらかと言うと私の見知っている寿司屋に近い気がした。

ただ二郎さんという職人の徹底した仕事へのこだわり、自分が一番良いと思えるものを出し、お金のことは考えない、という姿勢が並外れていたのだ。「この年になっても完璧だって思ってないからね」という彼の言葉に、職人という生き方の業のようなものを感じる。

"Jiro Dreams of Sushi" 写真クレジット:Magnolia Pictures
彼の握る寿司はとにもかくにも美しい。そして、85才現役の二郎さんの立ち姿もシャンとして、実にきれいである。彼を見ていると、寿司は職人の仕事への情熱や人となり、人生観までもまるごと食するような気にさせられる。そんな風に思わせるのが本格的な寿司の魅力ではないだろうか。「おまかせ一人3万円から、一ヶ月前から予約受付」の敷居の高さにはギョッとなるが、店に入った瞬間からのトータルな食と人との出会いの体験に払う金額なのだろう。

職人というと頑固で無口のイメージがあるが、二郎さんは自分の思いを簡潔な言葉で語れる人で、『すきやばし次郎―生涯一鮨職人』というムック本も書いている。気さくな人柄で米国人の監督にとっては撮りやすい人だったのではないだろうか。

ただ、気になったのは料理評論家の山本益博‎が「ミシェランで3つ星、ロブションも絶賛」などと大仰に店を褒めるのが、聞き苦しかった。本音を言えば、語りはほとんど入れず、二郎さんと息子が淡々と握り、弟子たちが丁寧に仕込みをする様子を見せるだけでも充分に江戸前寿司の真髄を見せることが出来たようにも思う。美しい寿司は旨い、ということは見れば分かるのだ。

上映時間:1時間21分。サンフランシスコはエンバカデロ・シアターで上映中。
"Jiro Dreams of Sushi"英語公式サイト:http://www.magpictures.com/jirodreamsofsushi/