『Where Do We Go Now?』


争いを止めさせるために集まったイスラム教徒、キリスト教徒、ロシア人の女性たち『Where Do We Go Now?』写真クジット:Sony Picture Classics

07年の『キャラメル』で世界に飛出したレバノンの女性監督ナディーン・ラバキーの最新作を紹介したい。アラブの女性が作った映画としての立派な輪郭とメッセージをもった作品と感心した。
あらすじを簡単に説明すると、レバノンの山岳地域の村を舞台に、キリスト教徒とイスラム教徒の男達が日常的に争いを続けており、多くの男の死を体験した女たちが、男たちの争いをやめさせるために一計を案じるというお話だ。

2001年を背景としているのだがテレビ電波も届かない山の暮らしはかなり素朴で、物語も寓話的な作りなのだが、反面『キャラメル』の時と同じように出演者がほとんど素人であることが生きて、俳優では出せない市井の人々の生活の手触りのようなものが鮮やかに伝わる作品だ。

しかも本作は、アラブ圏内でアラブ語の映画作品としては最高の興行成績を上げた大ヒット作とのこと(ちなみ歴代最高は『タイタニック』とか)。こういう映画がアラブ圏でヒットするのかと思うとうれしい気がする。

ところが、米国では予想外に低い評価で、かなり酷評する批評家もいる。確かに映画作品としては省略が多過ぎたり、悲劇と喜劇を行き来する流れがスムーズでなかったりが気にはなったが、面白かったらそんなことはアバタもエクボなのだ。

ネタバレになるが、異教徒の女たちが共同で立てた計画が面白い。対立する男達とは裏腹に異教徒の女たち同士は仲が良く、それぞれに夫や息子など親族の男を死なせた悲しみを共有している。この争いをなんとか止めさせようと相談している内に妙案が浮かび、へそくりをかき集めてロシア人のストリッパーを村に呼び寄せることにする。すると案の定、男たちは彼女たちが珍しくて争いはそっちのけ…。と、ここまではよくある話の範囲だが、話はさらに進む。
ある夜、女たちは総出でごちそうを作り、ロシア人女性たちが踊りを披露する宴を催す。異教徒の男たちが共に楽しい一夜を過ごしている間に、女達は男達が隠している銃を集めて埋めてしまう。そして一夜が明けると、村は一変。なんと村中の女たちがイスラム教とキリスト教との信教を入れ替え、キリスト教徒だった女はイスラム教徒の服装をしてスカーフかぶり、イスラム教徒だった女は平服を着て十字架を付けていたのだ。
男達は突然異教徒に転じた母妻姉妹と暮らすハメになってマゴマゴ。タイトルの意「これからどこへ行くの?」と男達が女達に聞くエンディングが愉快だ。

気に入ったのは、男達がどっちの信教かで争っているのに、女達はどちらでも構わない、いつでも鞍替え可能だと宣言してる点だ。つまり、女たちにとってはそれほどの意味しかない、ということではないだろうか。

共同脚本/監督/主演のナディーン・ラバキー
『Where Do We Go Now?』写真クジット:Sony Picture Classics
浅学を承知で言わせてもらえば、歴史的にみてイスラム教を始めとしてキリスト教、仏教でも、女というのは神や仏の教えを生きんとする男の心を乱す存在いう風に扱われて面が多々ある訳だから、女が男ほどに信教に命を掛けるいわれはないし、息子や夫が殺される位ならいくらでも鞍替えします、が本音という女性も多いはずだ。ただ、それを誰も口にしなかっただけじゃないのだろうか。

正直なところ私にも、なぜレバノンでは宗教を理由に内戦が続くのか分からない、という疑問があった。そんなことを言えるのは遠い文化圏で育った人間の無知のせいと思ってきたが、レバノンの女性でも同じように感じている人がいたのだと、うれしくなった。要するに本作を観ていると、コトを面倒にして長引かせているのは男達で、女達は争いを望んでいない、というメッセージがすんなりと届いてくる。

当地の男性批評家による「深刻で悲劇的事態を喜劇的に扱い、非現実的な解決策を提示するする姿勢は政治的な無知によるもので腹立たしい」という酷評は特に不快だった。アラブ圏の人々が喝采を送っている映画に、もっともらしい理屈をつけて非難するは西洋人のごう慢さであり、こういう論理が問題をさらに複雑にさせているような気がしてならない。

複雑そうに見える争いだが、実は宗教と結びついた権力と利権の奪い合いが争いの真相だと思えば、信教の違いなどは赤組白組程度の色分けに過ぎない。それを見抜いて、ひらりと鞍替えの妙を見せてくれたラバキー監督の身軽さ。彼女には女性だからこそ見えた真実があり、それを力を合わせる女達の姿を通してストレートに描き出した勇気に喝采を送りたい。
上映時間:1時間50分。
『Where Do We Go Now?』英語公式サイト:http://www.sonyclassics.com/wheredowegonow/