"Elena"(邦題『エレナ』)


『エレナ』 写真クレジット:Zeitgeist Films
人間の最良の部分と最悪の部分を見せつける「金」をめぐって、平凡なロシアの女の世界が動いていく。サスペンス映画の体裁を取りながら、劇的な展開を極力抑えて淡々と描写される女の日常。次に何が起きるかではなく、彼女は何を考えているかの方に関心を仕向ける巧みな演出が卓抜している。
主人公エレナは元看護婦で中年になってから裕福な男ウラジーミルと再婚し、優雅な暮らしを送っている。しかし、彼女には失職中の息子がいて、彼女にいつも金の無心をし、今や孫の大学入学資金をウラジーミルに都合して欲しいと要求をエスカレートさせていた。

息子も孫も可愛いエレナはウラジーミルに相談するが「なぜ君の息子を助ける必要があるのか」と冷たく拒否されてしまう。

そんな頃ウラジーミルが心臓発作を起し、家を出て退廃的な暮らしをしている娘との久しぶりの再会が実現。死を覚悟したウラジーミルは可愛い娘に全財産を残す決意をして、それをエレナに伝えるのだった。

次第に見えてくる夫婦の実像は、愛情ではなく便宜。家政婦兼看護婦として夫の世話を焼いてきた妻は、自分の家族に冷淡な夫に対して怒りを抱いている。

「自分が金持ちだから特別だと思っているのか」と問いつめるエレナに共感することは容易だし、その後彼女の取った行動も分からぬではない。しかし、エンディングでエレナと貧しい息子一家に感じた嫌悪感は何だったのか。

実はエレナこそ怪物だった、などという善悪明快な結末では収まりきれない、金によって鈍化した無自覚な人間への嫌悪感。ぼう然と画面を眺めながら、ひょとするとエレナは私たち自身の姿ではないか、という思いが過った。良質な映画を観る醍醐味はこういう体験の中にある。

監督はアンドレイ・ズビャギンツェフ、03年の初監督作品『父、帰る』(英題『Return』)でヴェネツィア国際映画祭のグランプリ受賞、本作では11年のカンヌ映画祭審査員特別賞を受賞したロシアの俊才だ。

「芸術的映画は(中略)我々皆が囚われている無意味さという呪縛から自分を解放させるために必要なのです」という監督。早世したA・タルコフスキー監督を継承する稀少なロシア映画人の一人と言えるだろう。
上映時間:1時間49分。
『エレナ』英語公式サイト:http://www.zeitgeistfilms.com/elena/
『エレナ』日本語字幕オリジナル予告篇:http://www.youtube.com/watch?v=oFNOPJYy0kM