"The Invisible War"


"The Invisible War" 写真クレジット:Cinedigm
先月劇場公開されたドキュメンタリー映画『ザ・インビジブル・ウォー(意訳:見えない戦争)』(カービー・ディック監督)を観て、たくさんのことを思った。本作は米軍内で頻発する主に女性兵士への強姦と性的暴行の現状を追い、今年のサンダンス映画祭で観客賞を受賞した作品だ。
内容は、実際に強姦された数人の女性兵士と一人の男性兵士の生々しい証言を中心に据えて、その後の軍の無責任極まりない対応と長年隠し続けてきた米軍内の強姦隠蔽体質に迫っていく力作だ。

まず驚かされたのは事件の惨い暴力性だ。強姦された際に顔を強く殴られアゴの軟骨を損傷、事件後数年経っても硬いものが食べられない、アラスカの小さな駐屯地で繰り返し数人の兵士に強姦され続けたが逃げ出すことができず退役後ホームレスになった、強姦時の暴行によって腰と足に障害が残ったなど、心に残るPTSD心的外傷後ストレス障害)に加えて、身体的な後遺症を持っている人も多いのだ。強姦は精神面の打撃が大きい犯罪だが、身体的な損傷の大きさも再確認されられた。

彼女たちは名前も顔も出して本作に登場し、事件後に上司に強姦を報告しているのだが加害者はまったく訴追されなかった、と口を揃える。これが二つ目の驚き。そんなことアリかと思うのだが、アリもアリ。実は訴追されなくて当たり前が「ボーイズクラブ」米軍の実態なのだ。

ちなみに、2011年だけで3192件の事件が報告されたが、軍法会議で有罪判決を受けたのはたった191件、つまりたった5%しか有罪にならないのだ。しかも、国防総省の試算によれば強姦被害者の14%程度しか事件を報告しておらず、上記3192件は氷山の一角、実数は年間2万件近くなるのではないかという。それだけ分かっていながら、なぜ手をこまねいているのだろう。

なぜ、軍内での強姦が報告されないかの背景には、兵士間で事件が起きた場合はまず上官に訴えるというシステムの弊害がある。実はその上官が強姦加害者の場合が多いことや、そうでない場合でも「そんなバカなことを言う女はお前で今週は3人目」「お前が誘惑したに違いない」と言われるか、事件現場に居合わせても誰も証人になってくれない、バラしたら殺すと脅されるなど何重にも巡らされた「男は強姦するもの」信仰と強姦隠蔽構造が被害者たちを沈黙に追いやってきた。

しかし、彼女彼らの悔しさは何年たっても消えることはなく、また被害者の夫たちも泣き崩れんばかりに怒りと悲しみを訴えていたのが印象深い。

「私は国や家族を守るために軍に志願したのに、軍にこんな冷たい仕打ちを受けるなんて」と語る彼女たちを観ていると痛々しい思いになるのだが、その一方で「国を守る」という言葉を信じている彼女らの純朴さに驚かされもするのだ。

"The Invisible War" 写真クレジット:Cinedigm
米軍に経済的な理由で入隊する女性が多いのが現状だが、本作に登場する女性の多くは自身を愛国者だと信じ、軍隊を自身のキャリアの場として並々ならぬ努力をしてきた幹部候補生もいる。そのため「信じていた米軍に裏切られた」という失望と打撃も大きいのだが、私は複雑な思いにとらわれた。

米軍は本当にこの国を守っているだろうか。テロの脅威を口実に他国への侵略戦争を続けているのが米軍の実態ではないのか。「国を守ることは家族を守ること、軍隊に入ることは名誉なこと」とプロパガンダを繰り返して若い男女の心を掴んで、侵略戦争へと彼女たちを駆り立てているのが現状ではないのか。

世界最強の軍事力を誇る米軍の本当の存在理由は、米国一国を守るなどというちっぽけなものではなく、正義の味方のフリをして世界の紛争に首を突っ込み、世界経済を操る金融エリート勢力を守るために存在している、私にはそう思えてならない。

報告によれば強姦加害者プロフィールは、ヘテロセクシュアルの男性で、優秀な兵士/将校の場合が多く、強姦対象は性別関係なし、常習犯という。強くて優秀な男たちは、そのまま米軍のイメージに重なる。愛国、正義の美名の下、米軍は他国へ侵攻して当然なのだから、優秀な兵士が強姦するのも当然なのだろう。

本作に登場した女性兵士たちは「女は軍隊に行くな」と声を揃え、軍上層部や国防総省への訴訟を継続させている。
上映時間:1時間37分。
"The Invisible War" 英語公式サイト:http://invisiblewarmovie.com/