『一命』(英題 "Hara-Kiri: Death of a Samurai")


『一命』写真クレジット:Tribeca Film
社会派で知られる小林正樹監督が初めて手掛けた時代劇『切腹』(62年)を、『十三人の刺客』の三池崇史監督がリメイクした。日本の時代劇映画としては初めての3D作品、しかも十一代目市川海老蔵が初めて時代劇映画で主演、去年のカンヌ映画祭にコンペで出品…など何かと話題には事欠かない注目作でもある。
グロテスクな表現に独自の手腕を見せる三池監督が3Dで切腹映画、と思うとやや気後れがしたのだが、そんな予測はまんまと外された。

戦国の世が終わった江戸時代初期、井伊家の屋敷に旧福島藩の浪人、津雲半四郎(市川)が現れ、「切腹をしたいので庭先を借りたい」と願い出る。家老の斉藤勘解由(役所広司)は、この浪人が「狂言切腹」を狙う者と思い、数ヶ月前に同じことを願い出た若い浪人、千々石求女(瑛太)を斎藤がどのように処したかの話をする。しかし、津雲は頑として「自分は腹を切る」と言い張り、斉藤の家来の一人を名指しで介錯人として要求し、身の上話を始めるのだった。

狂言切腹」とは切腹する気がないのに願い出て、面倒を嫌う屋敷側からいくばくかの金を得るゆすり行為だが、食い詰めた浪人にとっては苦肉の策。武道より学問が好きだった若い千々石の場合も病気の妻子のために、見栄も誇りも捨ててのことだった。しかし、井伊家の者たちはそんな千々石に対して武士の情けをかけるどころか、残忍な仕打ちをした。

非力な千々石への非道な扱いと、それを武家大義で正当化する欺瞞を問う、というのが本作の核心だ。
切腹』ではその憤りが焰のように吹き上げ圧倒された。それはそのまま原作『異聞浪人記』(58年)を書いた滝口康彦の青年期の体験へと繋がる。

戦中戦後を通して日本軍や政府への不信感を募らせた滝口の思いを、そのまま引き継いだのが前作とすると、本作はむしろ貧しさの中で慎ましく愛情豊かに暮らした浪人家族がたどる運命への悲哀と、痛恨の思いが強く印象に残った。恒常的な貧困といじめが広がる現在の日本社会を映し出す時代劇と言えるかもしれない。

市川が孫もいる中年浪人にしては若過ぎるのが気にはなったが、歌舞伎で鍛えた彼の所作と眼力はさすがに見事で、深みと落ち着きのある映像も重厚感があって、『切腹』とはまったく別の映画作品として堪能できた。

『十三人…』に続いて傑作時代劇のリメイクに挑戦する三池監督の意気込みがうれしい一作、次も時代劇を、とつい声を掛けたくなった。

上映時間:2時間8分。サンフランシスコは17日からフォー・スター・シアターで上映開始予定。
"Hara-Kiri: Death of a Samurai"英語公式サイト:http://www.tribecafilm.com/tribecafilm/hara-kiri-death-of-a-samurai.html#.UC0x2kRdqPY