『Pink Ribbons, Inc.』


『Pink Ribbons, Inc.』写真クレジット:A First Run Features
乳ガンに対する啓蒙活動ピンクリボン、日本ではどんな活動なのか無知だが、当地のそれはちょっと胡散臭くて前から気になっていた。サンフランシスコ市で先月にあったエイボン・ウォークは、化粧品会社が主催しただけあってピンク、ピンクで実に華やかな催し。
華やかが悪い訳ではないが、乳ガンの研究費を集めるウォークなのに、皆揃いのTシャツやら帽子、装飾品などを身につけて、参加するとタダで化粧品が貰えるとかで、集まりそのものにもすごくお金が掛かっている感じだ。

そもそもこの運動は、80年代初期にがん研究全体の中で乳ガンの研究費が5%という状況に対して、女達が差別的だと声を上げたフェミニストの運動だったという。それが30年経てすっかり様変わり。今や企業のマーケティングの道具に成り下がってしまった感がある。

なんでなんだろうと思っていたら、思わず膝をうつドキュメンタリー映画『Pink Ribbons, Inc.』が公開された。ピンクリボンを応援するエスティー・ローダーの女性副社長から活動参加者、乳がん患者、専門医、学者、フェミニスト社会批評家など多くの女性たちの声を集めた労作で、カナダの女性映画人たちが数年かけて作りあげた作品だ。

本作は、ピンクリボンの内包する多くの問題点を指摘して実に刺激的な内容なのだが、ここでそのすべて紹介するのは難しいので、まずは簡単に問題点を挙げてみよう。

1. 乳房の持つセクシーなイメージにピンクのリボンという女性的なアイコンを付けたことが企業のイメージ戦略に適合した。(大腸ガンでは無理)
2.その華やかなイメージを使って趣旨に共感する消費者の心理を動かし、ピンク色にした自社商品を買ったら収益の一部を研究費にカンパするという営業キャンペーンを展開。実際に多くの利益を企業に与えた。
3. その結果集められたカンパは5億ドルに上るが、その使い道のほとんどは抗がん剤の研究で、発がん性物質やがん予防の研究にはあまり回されていない。
4. 早期発見、食生活の改善などを啓蒙しているが、乳ガンの原因は未だに掴めず、早期に発見できないガンや早期発見でも治療の出来ないガン、食生活や家系とは無関係な乳がんが半分を占めている。
5. 乳ガンの治療法は過去40年にわたって「切る(手術)、焼く(X線治療)、毒で制す(抗がん剤)」のままで、死亡率の変化もほとんどない。

びっくりする指摘ばかりだが、とりわけ驚いたのはピンクリボンを「応援」する企業が、発がん性物質のまざった自社の口紅やヨーグルトを会場で配っている現状が指摘されている点だった。集まった金が発がん性物質の研究には使われていないのも当然、まるで茶番劇である。これでは、実際に家族を亡くしていたり、乳がん患者としてピンクリボンに参加している人たちの真摯な思いは踏みにじられたままだ。

2010年のサンフランシスコ・エイボン・ウォーク
『Pink Ribbons, Inc.』写真クレジット:A First Run Features
本作中、特に私の胸に響いてきたのは、ガン患者をファイターと呼んだりサバイバー、ヒーローと大げさに持ち上げる「ピンクリボン・カルチャー」に対して、ガン患者の女性たちが発言しているくだりだった。「ガンに対してボジティブに向き合い、たくさんの友に支えられ、諦めずに闘います」という文句のつけようのないピンクリボン的患者像の押しつけに、彼女たちは「うんざりだ」と声を上げる。

「乳ガンにピンクでセクシーなところなど何もない。自分は醜い病気に対処しているだけで、ガンと闘うファイターやヒーローなどと呼ばれるのはまっぴら」「自分は煙草も吸わず食生活も正しく、家族に誰もガン患者がいないのにガンになり、近い死を宣告された。こんな私は充分に闘わなかったと言うのか」。ピンクリボンで覆い隠されていた現実を伝える彼女たちの声はいつまでも心に残った。

本作の下地となった同名の原作本の著者サマンサ・キングは、「現状で乳ガン生存者を讃えるということは即ちガン産業複合体における高額で長く苦しい切/焼/毒の治療を讃えることであり、それ以外の治療法やガンの原因となる心理的、社会的、環境的な問題を無視することに通ずる」と発言をしている。

言い換えれば、ガン治療そのものが保険/製薬/機材を含む医療関連企業に莫大な富をもたらす「金のなる木」であり、ピンクリボンはまさにその産業構造を文化的に補完し、現行医療への信仰を補強するものだと言うことだろう。参加どころかカンパするのもバカバカしくないだろうか。

上映時間:98分。
『Pink Ribbons, Inc.』映画公式サイト:http://firstrunfeatures.com/pinkribbonsinc/