"The Grandmaster"(邦題『グランド・マスター』)


『グランド・マスター』写真クレジット:The Weinstein Company
チャン・ツィイーが『LOVERS』から9年ぶりに中国の武術者を演じて、圧倒的な良さだ。腕を前に出して型を決め、対戦相手を見据える時のキリリとした表情の美しさ、動きの流麗さ。
ダンサー出身の彼女は武術家ではないが、映画という虚構の中でのみ中国武術の魅力である静と動の美を表現できる数少ない女優の一人だ。とりわけ本作は、映像美を徹底的に追求する名匠ウォン・カーウァイ(『花様年華』)の監督作品でもあり、美術品のような映画に仕上がっている。

1930年代、八卦掌の宗師、宮宝森は引退を決意して、一番弟子の馬三と、詠春拳の宗師、葉門(トニー・レオン)を対決させて後継者を決める予定だった。ところが、父から唯一人、八卦掌の奥義六十四手を伝授された娘、宮若梅(チャン・ツィイー)も対戦に加わりたいと言い出す。
事態は錯綜し、さらに馬三が宝森を殺害するに及んで、若梅は父への復讐を誓う。そして日本軍の中国侵略が始まり、葉門の人生にも大きな暗い影が射し始める。

葉門(イップ・マン)はブルースリーの師匠だったと言われる人で、彼の波乱の生涯についてはすでに武術家ドニー・イェン主演で映画が二作で作られている。企画として本作が先だったようだが、凝り性のカーウァイ監督が10年以上も準備に時間を費やし、イェン主演作とはまったく違った映画作品になっている。

大きな違いは若梅の葉問への秘めたる思いを描いている点で、動の世界の主人公は葉問だが、物語を感情的に支えているのは若梅だ。恋愛映画の名手であるカーウァイ監督らしい武術映画へのアプローチで、アクション映画のジャンルを悠々と越えている。また、物語の背景を彩る男女らも古いポスターから抜け出て来たよう。退廃が漂う衣装とメークで時代のムードを盛り上げ、凝りに凝った映像世界だ。

ただし、映画作品としての完成度としては今一つ。断片的で物語を理解するのが難しかったことも否めない。
感情世界を描く恋愛映画では機能するカーウァイ監督独特のスケッチ風の演出も、本作のような複雑な物語を語るには機能しなかったようだ。
あるいは、4時間の映画として完成したものを2時間に切り刻んだ結果だったかもしれない。しかし、この欠点の多さが本作を傷つけているとは思えない。たぶん、私は本作を何度も観ていくような気がする。

上映時間:2時間10分。米国は8月23日に劇場公開予定。
"The Grandmaster"英語公式サイト:http://thegrandmasterfilm.com/
『グランド・マスター』日本語公式サイト:http://grandmaster.gaga.ne.jp/