"Hannah Arendt"(原題『ハンナ・アーレント』)


"Hannah Arendt" 写真クレジット:Zeitgeist Films
1961年、イスラエルで元ドイツ親衛隊員アドルフ・アイヒマンの裁判が行われた。彼はナチス政権下、数百万人の人々を強制収容所に送るというホロコーストの中心的役割を担い、戦後は訴追を逃れてアルゼンチンに潜伏。が、イスラエルの秘密機関によって逮捕連行され、「平和に対する罪」などで訴追されていたのだ。
本作はその裁判を追い『イェルサレムアイヒマン―悪の陳腐さについての報告』を著した米国在住のユダヤ系ドイツ人哲学者、ハンナ・アーレントの当時の姿を描いている。

1940年、ホロコーストを逃れ、米国に亡命していたアーレントバルバラ・スコヴァ)は著名な哲学者としてニューヨークの大学で教鞭を取り、夫と友人に囲まれた平穏な暮らし送っていた。
雑誌『ザ・ニューヨーカー』の依頼で、アイヒマン裁判を傍聴していた彼女は、アイヒマンが大悪人ではなく、小心な役人でただ命令に従っていた取るに足らない人物に過ぎないと看破し、その意見を雑誌に発表。すると、イスラエルシオニストらから「ナチズム擁護の裏切り者」だと猛烈な非難を浴び、ついには大学からも閉め出されてしまう。

アーレントは学生の頃ドイツの哲学者マルティン・ハイデッガーに学び、彼と不倫関係を結ぶが、後に彼がナチス党に入党して大きな失望を味わう。
その後、エトムント・フッサールカール・ヤスパースなどに学び、哲学の道一筋できた人だ。米国亡命後は自身の体験を基に『全体主義の起源』を著し、戦後初めて全体主義について思想的な考察と分析をした政治哲学者でもある。

本作は物語の焦点を、彼女の思想の核と自説を守り続ける哲学者の孤独と精神の独立とに置いた、骨太な作風で、米国でアーレントを支えた快活な作家メアリー・マッカーシージャネット・マクティア)との友情が、作品に爽やかな明るさを加えている。

監督はニュー・ジャーマン・シネマ出身、今年70歳のマルガレーテ・フォン・トロッタマルクス主義の政治理論家ローザ・ルクセンブルクや、中世ドイツの神秘家ヒルデガルト・フォン・ビンゲンなど、欧州に実在し偉業を残した女性たちを描いた作品を一貫して作り続けている。ドイツにはスゴイ女性監督がいる、と思わず唸らされる人だ。

アイヒマンに対する裁判権イスラエルは持っているのか? アイヒマン連行はアルゼンチンの国家主権の侵害ではないか? など貴重な疑問をアーレントは投げかけており、その一つ一つが現在の世界状況にも当てはまる。
世界情勢に対して哲学者は何が出来るのか? ジャーナリストや批評家とは違った視点を提起できる彼彼女らの存在意義について再確認をする思いだった。
上映時間:1時間49分。
"Hannah Arendt"英語公式サイト:http://www.zeitgeistfilms.com/hannaharendt/