"Mother of George"


"Mother of George" 写真クレジット:Oscilloscope
今年サンダンス映画祭で撮影監督のブラッドフォード・ヤングが賞を得た作品で、さすがに映像の美しさには目を見張るものがあったが、単に映像美に流されることなく明確な骨組みをもった物語に引き込まれた。
舞台は現代のニューヨーク、ブルックリン。レストランを経営するナイジェリア移民のアヨデル(イザック・ド・バンコレ)の伝統的な結婚式から物語は始まる。花嫁はナイジェリアから来たアデニケ(ダナイ・グリラ)。2人はむつまじい新婚生活を始め、幸せな日々を送っていたが、なかなか子どもに恵まれない。

義母からジョージと名付けられた跡取り息子を産むべく過重な期待を受けているアデニケは、さまざまな民間療法を使って妊娠を試みるが、思いは果たせない。

伝統的な価値を重んじる義母は、息子アヨデルに妻以外の女に妊娠させてはどうかと言い出し、彼に一蹴される。一方、アデニケは2人の妊娠可能性について検査することを薦められ、夫に検査を哀願するが、彼は頑としてこれも拒否。困り果てたアデニケは義母に協力を相談すると、なんと思いも寄らない提案を受けるのだった。

日本にはかつて「嫁して三年子なきは去る」という言葉があったが、つまりはそんな窮地に追い込まれた若い妻と彼女を囲む夫、義母、夫の弟、その恋人という5人が絡む家族のドラマである。父権的血族の存続のために男女それぞれの役割があり、各々が驚くほどその枠の中で期待通りの選択をしていく。たとえその選択がどれほど苦痛をはらんでいても……。

オリジナル脚本はダーシ・ピコー。女性問題にテーマにした一人芝居を書き自ら演じてきた女性戯曲家である。本作は女性と社会正義に関する国際会議で、南アフリカの弁護士から聞いた話を下地にしたとのことで、死語に思えた「子なきは去る」という女への呪文が、今の世界でも厳然と生きていることを再確認させてくれた。

監督はナイジェリア出身のアンドリュー・ドスンム。父権の呪縛を生きる女という古典的テーマを家族の愛と秘密、裏切りのドラマとしてくっきりと描き出して優れた演出手腕を見せている。また、パリのイブ・サン・ローランで働いた後、写真家になった彼の経験はアヨデルらの美しい民族衣装によく生かされていた。

特筆したいのは、主演を演じたド・バンコレとグリラの静かな演技である。ド・バンコレはフランス映画に多出する象牙海岸コートジボワール)出身のベテランで、彼の一見堅い表情の中に欧州で生きるアフリカ移民たちの複雑な思いが込められているように思わせる稀少な俳優である。ジンバブエで育ったグリラも米国のアフリカ系女性とはまったく違った、静かで穏やかな存在感をみせてくれた。

義母はアデニケに「子どもの父を知っているのは女だけ、女がずっとやってきたことだ」と言う。父権的血族を守ろうとする女自身が、その嘘を一番よく知っているのである。なんという欺瞞(ぎまん)を女たちは生されてきたのだろうか。

上映時間:1時間46分。全米の独立系シアターで順次上映中。
"Mother of George" 英語公式サイト:http://www.oscilloscope.net/motherofgeorge/