"Blue Jasmine"(邦題『ブルー・ジャスミン』)


『ブルー・ジャスミン』写真クレジット:Sony Pictures Classics
毎年新作を発表し続けている今年78歳のウッディ・アレン監督の最新作だ。目玉は何と言ってもアレン作品は初めてのケイト・ブランシェットの主演だろう。彼女がアレン独特のコメディ世界でどんな演技を見せてくれるのかを期待して出かけてのだが、ちょっと予想外の内容で、そのハズされた感じが良かった。
オープニングから飛ばしている。ブランシェット演じるジャスミンは、飛行機のファーストクラスで隣りに座った女性に、いかに自分の生活は忙しく華やかであるかという話を猛烈なスピードで話し巻くっている。飛行機を下りても話は止まらず、ほとんど独り言状態…あれ、この人大丈夫?と思ったあたりで、観客はジャスミンがどんな女か合点がいく仕掛けだ。

金持ちの実業家の夫(アレック・ボールドウィン)の妻として、豪奢な生活と社交が日常のニューヨークのソシアライト(社交界の名士)だったジャスミン。だが今はスッカラカン。ニューヨークを去り、サンフランシスコで暮らすで妹ジンジャー(サリー・ホーキンス、大好き)を頼ってきたのである。

このジンジャーがジャスミンとは正反対。小さなフラットで二人の息子と暮らすシングルマザーで、車の修理工のボーフレンド、チリもいて貧しいながらもハッピーに暮らしている。やや天然で人の良いジンジャーは、姉に同情して彼女を受け入れるが、ジャスミンは妹の家に転がり込んですぐに「チリみたいな男といるからあんたの人生はパッとしないのよ」と説教を始める始末だ。ジャスミンは「いつも家の改装をやっていたから得意なのよ」と言ってインテリア・デザイナーを目指し始める。

コロコロと話が転がっていくテンポはアレン監督の独壇場で、始まって15分ほどで美貌を道具に玉の輿狙いだけで生きてきた女ジャスミンの全体像が見えてくる。話は現在と過去の間を前後しつつ、ジャスミンが夫の浮気に怒って彼の不正取引をFBIに密告し、結果全財産を凍結されたこと。実はその夫がジンジャーの前夫から金を騙し取っていたことなどが分かってくる。ジンジャーは前夫からもチリからも「ジャスミンを追い出せ」と言われるが、姉が気の毒で追い出せない。そんな頃ジャスミンはなんと独身の富豪(ピーター・サースガード)と出会って、彼の新居のインテリアを担当することになるのである。

こんなウマい話がある訳ないだろう、と思わせながらも話を進めてしまうところがアレン脚本の巧さで、嘘っぽさがおかしいのだが、笑えない。庶民の金を騙し取った投資ブローカーの妻として派手に暮らしていた女の転落の物語だからだろう。彼女が玉の輿に執着すればするほど笑えない、という演出も冴えている。

アレン作品には人気の高い自意識過剰な主人公が登場する軽妙なコメディと、『マッチポイント』のような本格的サスペンスという大別すると二つの作品群があると思うが、本作はそのどちらにも入らない。凡作も時々あるアレン作品の中では完成度が高く、悲劇を喜劇的に見せるという難題をクリアして格別の味わい。その功績の多くはブランシェットの名演に負っている。

本作の彼女は、ソシアライトとしての奢りや他への蔑み、滑らかな喋りに隠された焦りや計算、自嘲の激しさ、鬼気迫る独白など、決して好感の持てないジャスミンという女に豊かな肉付けをし、観る者を画面に釘付けにする。人というのはこんなにたくさんの顔を持つことが出来るのか?と感心させられた。アカデミー賞の主演女優賞ノミネート確実だろう。

批評家の中には本作をアレン版『欲望という名の電車』と呼ぶ人もいて、なるほど心を病んだ姉が貧しくて姉思いの妹の家に転がり込んで…というプロットは似ている。だが『欲望…』ほどの重さはなく、シリアスだがどこか滑稽な人間の愚かさを描き出してアレンの世界にしてしまっている。

彼の映画を観て、深く考え込むことは決してないが、都会的なセンスで極上のエンターテイメント映画を作り続ける第一級の映画監督であることは確かだ。来年の作品も現在製作中。次はどんな作品で楽しませてくれるのだろう。

上映時間:1時間38分。日本では04年5月公開予定。
"Blue Jasmine" 英語公式サイト:http://www.sonyclassics.com/bluejasmine/