"Captain Phillips"(邦題『キャプテン・フィリップス』)


キャプテン・フィリップス』写真クレジット:Sony Pictures
09年にソマリア沖で起きた米貨物船「マースク・アラバマ号」への海賊襲撃と、人質となったリチャード・フィリップス船長の解放作戦を描いたサスペンス映画。アカデミー賞の作品賞をはじめ多くの映画賞にノミネートされている。
監督は『ボーン』シリーズのポール・グリングラスで、アクション/サスペンス映画を撮らせると一級の腕前。ハンドカメラを使ってドキュメンタリーのような秒刻みの緊迫した映像で見せるのが特徴だ。本作でも彼の本領は発揮され、息もつかせないスリリングな演出で最後まで観客を引き付けていく。

06年に話題になった『ユナイテッド93』と同じく実際に起きた事件を再現する作品で、物議をかもした前作と違って、トム・ハンクス演じる温厚で冷静、優れた判断力を持った船長の「英雄的」な姿と、海軍SEALによる機敏な救出作戦が描かれ、興行的にも成功している。

しかし、である。12年に公開された『アルゴ』や『ゼロ・ダーク・サーティ』を観た時も感じたことだが、米国軍隊やCIAが関与した実際の事件を下地にした映画が作品として良く出来ていればいるほど、いつも小さな警報が鳴るのだ。
観客が映画で再現された内容を「真実」と思って記憶に残してしまうのではないか。「真実」の錯覚を利用して、大仰だが米国の国威高揚、「米国軍隊は最強で最良」「CIAは正義」という意識への刷り込みをしているのではないか? という思いが過る。

そんなことはわかっている、フィクションだと思って観れば良いという賢明な観客も多いことだろう。最もな意見だと思うし、観なければ良いのだというツッコミも聞こえてくるが、映画好きとしては気になって仕方がない。映像や物語が無意識に浸透していく力を甘く見ていると危険だという思いがあるからだ。

本作でやや感心したのは、船を襲撃した男たちが海賊になった背景が描かれている点だった。漁師だった彼らが食い詰め、私設軍隊の将軍に脅されて海賊をしているという設定。では、彼らはなぜ食い詰めたのだろう? 

ソマリア海域では先進国による魚の乱獲と、90年代から始まった放射性物質などの産業廃棄物の投棄によって漁場が荒らされた経緯がある。その後、公害病が発生して、漁場を守るために一部の漁師は武装したようだ。ちなみに本作では成人の海賊のリーダー、ムセ(バーカッド・アブディ、本作でアカデミー賞助演男優賞にノミネート)は、実際には15歳だったという。
ここまで事件の背景を理解しないと、本作で刷り込まれた「物語」を解毒出来ない気がする。

上映時間:2時間14分。シネコンなどで上映中。
"Captain Phillips" 英語公式サイト:http://www.captainphillipsmovie.com/site/
キャプテン・フィリップス』日本語公式サイト:http://www.captainphillips.jp/