"In a World…"


"In a World…"写真クレジット:Roadside Attractions
若手女優レイク・ベル(『抱きたいカンケイ』『恋するベーカリー』 )が初めて自ら脚本を書き、監督/主演したコメディ映画。女が書いて監督した女のコメディってあまり多くないように思うが、去年全米で劇場公開されて評判は上々。
特異な業界を舞台にしたお話で、そこでしか通用しない常識や価値観が紹介されるので、部外者には妙におかしい。ベルの着目が冴えて、去年のサンダンス映画祭脚本賞を受賞したのも納得の軽妙なコメディ作品だった。

キャロル(ベル)は外国語のアクセントを得意とする声優だが、あまり仕事がない。女優にアクセントを教えるボイストレイナーで生計を立てているが、業界の花形は何と言っても映画予告のナレーター。
キャロルの父サム(フレッド・メラメド )は、映画予告篇のキングと呼ばれる男で、アクション映画などの予告篇を威厳ある深くて低い声で紹介し、盤石のキャリアを誇っていた。父のような一級の声優を目指すキャロルだが、女の声を使う予告篇は皆無。
ところがひょんなことから、『アマゾン・ゲーム』という女戦士映画(キャメロン・ディアスカメオ出演)の予告篇のナレーションの機会が回ってくる。キャロルがチャンスを得たことを知らないサムは、未知の女ナレーターを追い落とそうと躍起になってしまう。

この他に、父の家に居候していたキャロルが家を追い出され、姉の家に転がり込んで一騒動起したり、ちょっとおたくなサウンドエンジニアに助けられたり、父が自分の後継者と任じていた若い男性声優グスタフとキャロルが一夜を共にしたりと、成功を追いかける若い女性らしい失態やガンバリをぎっしりとちりばめてみせて行く。

感心するのは、キャロルの仕事熱心さ。いつもボイスレコーダーを持ち歩き、ちょっと変わったアクセントの人がいるとすぐにそれを録音。姉がボーイフレンドと喧嘩して泣き言を言う時も、全身を耳にしながら彼女の声を録音している様子がおかしい。

最後は『アマゾン・ゲーム』の予告ナレーションを巡って、父、グスタフ、キャロルが三つ巴の対決へと話が盛り上がっていく。

仕事のためには親も子ないシビアな世界を舞台にしているが、ドギツさはなく、むしろ若い女性のふんわりとした感覚が映画を軽快にしている。キャロルに冷たい姉や父の若いガールフレンドが、ココ一番の時はキャロルの強い味方になってくれる展開も気持ちが良く、同時に男尊女卑の声優業界の現状がしっかり物語に反映されているのも面白い。

ベルはインタビューの中で、車の広告の場合でも男と女のナレーションでは送るメッセージが違うと言っている。男の声は車のメカニカルな優秀さを際出させるが、女の声はその車を買えばセクシーな女が同乗してくれる、というメッセージになるのだという。映画の予告篇の同じこと、よく訓練された男性声優の持つ声に全知全能の力と権威を感じる人は多い筈で、スーパーヒーローものやアクションものには欠かせない声と言える。

最近聞く日本の若い女性の声や喋り方に違和感を感じる。アニメの影響なのだろうか、甘ったるく舌足らずの声がメディアを席巻しているが、私の知っている日本の女達はあんな声を出してこなかった。ああいう声を出す若い女たちの話を電車の中などで耳にすると、媚びた声で男を操ることには長けても、自分を語り、主張する声を失っているように見える。多くの女たちは百も承知やっているのだろうが、ピーターと狼ではないが、あんな声を出し続けていると本当の声を出しても誰も聞いてくれなくなるのではないだろうか。

本作中、舌足らずな話し方のために仕事が見つからない女弁護士が登場して、キャロルにボイストレーニングを受けるエピソードが出てくる。人の信用を得るのも、声と話し方次第だ。そんなことをしっかり考えさせてくれる女のコメディ、ぜひ日本でも劇場公開して欲しいと思う。

上映時間:1時間32分。米国ではiTune Movie で視聴可能。
"In a World…"英語公式サイト:http://inaworldmovie.com/