"Life itself"


"Life itself" 写真クレジット:Magnolia Pictures
シカゴ・サン・タイムス紙に46年間映画評を書き続け、13年7月に70歳で亡くなった映画批評家ロジャー・イーバートの伝記ドキュメンタリー。
彼は75年に映画批評家として初めてピューリッツァー賞を受賞したのを皮切りに、TV映画批評番組でシカゴ・トリビューン紙のジーン・シスケルと丁々発止の論議を闘わせて一躍有名となる。
猛烈な早さで膨大な数の批評原稿を書くことで知られ、何度目かのがん手術後に声を出せなくなった後も精力的に批評を続けた。

本作は11年に出版された同名の回顧録を下地に彼の生涯を振り返り、妻や新聞社の同僚、批評家仲間、仲の良かったマーティン・スコセッシ監督など多くの人へのインタビューから構成されている。物語は12年12月に彼がガン治療のために7度目の入院をした時から始まる。

米国に来た80年代当初、一番楽しみにしていたTV番組はイーバートとシスケルが出る『At the Movies』だった。映画についての論争がテレビ番組になるのか、という驚きと共に、互いに一歩も引かない知的つばぜり合いを展開して、毎回ハラハラしながら観た記憶がある。

彼らは批評する映画の何が面白かったのか、何に問題があったのかを短い言葉で的確に表現した。それはゾクゾクする面白さでモヤモヤした脳内の霧がはれていく快感があった。とりわけ二人が映画の中の女性描写に性差別を嗅ぎ取って、それを何度も指摘したことは記憶に鮮やかだ。

イーバートは、99年のシスケルの死後も別の批評家と番組を続けたが、最盛期の談論風発の気風なく残念でならない。

イーバートは、知的でエレガントな表現を使うシスケルと違って、ガンガンと持論をごり押しするタイプだった。人の言うことに聞く耳を持たず、世界中の批評家が「傑作」と呼ぶ作品でも自分がダメと思えばダメを押し通した。ぷくぷくとした巨体とは裏腹の鋼のような精神を持った人で、ガンの闘病をしながら亡くなる寸前まで批評を続けた生き方は驚異的ですらある。

反面、独断的でわがままな性向でシスケルを始め仕事仲間を辟易とさせ「妊婦が乗ろうとするタクシーを横取りするような奴」という友人もいるほど。大きな業績を遺した人間の伝記映画というと褒めそやす傾向があるが、本作はイーバートの好悪相半ばする人間像をくっきりと描き出し、噓やごまかしを嫌ったイーバートの伝記らしい映画に仕上がっている。

監督はドキュメンタリー映画の秀作を多く撮ってきたスティーブ・ジェームス。彼は初期の傑作『Hoop Dream』がイーバートによって高く評価され、映画監督としてのキャリアをスタートさせた人だ。

イーバートの功績は、活字媒体を中心に知的でハイブロウな傾向が強かった映画批評を、テレビという媒体を通して映画好きなら誰でも触れることの出来る映画評に変えたことだと思う。しかし、彼らが番組で使い始めた Thumb UP か Downで作品を一刀両断にする傾向が一人歩きしてしまい、一言では言い切れない、言葉を尽くして語るべき映画評の衰退も招いたように思う。

そして今や誰もが映画評を書いてネットにアップする時代となった。映画批評はこれからどこへ行くのだろう。少なくとも筆者は、観た映画の何が面白かったのか、何がつまらなかったのかを、しっかり言葉にしておこうと肝に命じた。

上映時間:2時間。米国は iTune Movieで視聴可能。