"Alive Inside"


"Alive Inside" 写真クレジット:BOND/360
認知症で10年も外界とのコミュニケーションがなく、面会人もないまま老人ホームで孤独な一日を過ごしていた94歳のヘンリーに、彼の好きだった音楽をiPodで聞かせた。その結果は…。
瞳が大きく開き、リズムに合わせて身体が動き、歌い始めた。介護師の話しかけにきちんと返答出来る彼の変化は一目瞭然。このビデオがYouTubeにアップされると、あっという間に7百万回のバイラルとなり、それが本作のスタートラインとなった。
音楽を通して蘇る記憶と認知症の現状を伝えるドキュメンタリー映画で、本年度のサンダンス映画祭で観客賞を受賞した作品だ。

ヘンリーの音楽を聞かせたのは、社会福祉士のダン・コーエン。認知症に音楽が有益な影響をに与えるということを知った彼は、実際に試し驚異的な結果を得て、この療法を認知症の人々に広める活動をしている。本作は医学的に証明されていない療法を広めようとするコーエンがぶつかる障害や支援の広がりを追いながら、認知症を囲む問題点を明らかにして、多くの発見を促してくれた。

監督はマイケル・ロサト=ベネット、人間の未来へのポジティブな可能性を探るドキュメンタリー映画の製作している。3年前にコーエンと出会い、半信半疑で彼の活動を追いながらこの療法への確信を持つに至ったという。

認知症というと介護する家族の負担や老人ホームの不足などが思い浮かぶ。高齢の両親を持つ筆者にとっても、認知症は治らない病気、進行を遅らせる治療法しかない「困った」身につまされる問題としてあった。反面、実際に認知症の人々の脳の中で何が起きているのか、記憶は本当に消えてしまったのか、という患者の脳内や内面への関心は薄かった。しかし本作を通して、認知症の人々は記憶を失うことなく、内面では生きている、という当たり前の事実を再確認した。

認知症は親の問題でも介護/社会問題でもない、自分自身の未来の問題でもある。それは自分が認知症になるかもしれないというだけでなく、自分が施設に入ることがあったとして、その場がどんな環境であるべきなのかと捉えるべき問題ではないだろうか。

認知症を取り巻く現状に問題は多い。米国の老人ホームでは、認知症の人々に多量の投薬をして廃人化させ、日常生活を管理している。かつて老人ホームは、家庭的な構造で老人たちが共同生活をする場として運営されていたが、現在は病院と同じ構造の医療施設に変容しており、その背景に投薬による莫大な利益が潜む歴史があった。認知症は製薬会社と関連企業にとってのおいしいビジネスに利用されてきたのだ。だからこそコーヘンが奨める一人一人に音楽を聞かせる「手間と時間のかかる」療法は施設側から敬遠される。

しかし、音楽を聞いたヘンリーの無表情だった顔に、明るい表情が浮かぶ一瞬の素晴らしさに打たれない人はいないだろう。コーヘンの活動に、少しづつだが大きな支援の輪が広がっている。

上映時間:1時間13分。ランドマーク・シアター他、全米のインディ系シアターで上映中。
"Alive Inside" 英語公式サイト:http://www.aliveinside.us/#land