"1000 Times Good Night"(邦題『おやすみなさいを言いたくて』)


写真クレジット:Film Movement
本作の主人公は紛争地域専門の報道写真家、それも世界で5本の指に入る凄腕だ。死と隣合わせの現場でカメラのシャッターを押し続け、銃声が聞こえれば迷いなく銃声のする方向へ走り出す。そんな姿は勇敢、豪胆という言葉では説明できない。考える前にカメラを覗き、シャッターを押している、そうでなければ報道写真家は務まらないのだろう。
レベッカジュリエット・ビノシュ)は、カブールで起きた自爆攻撃の撮影中に大怪我を負う。九死に一生を得て帰宅すると、夫(ニコライ・コスター=ワルドウ)がこんな生活は耐えらない、娘たちも母の死を心配しながら暮らす生活にストレスを抱えていると訴える。とりわけティーンの長女ステフ(ローリン・キャニー)は不安から内向しており、レベッカは母としての自分を振り返り、仕事を辞める決意をする…

仕事か家庭かの選択を迫られる仕事人女性の物語かな、と思ってみているとレベッカの人生ははさらに紆余曲折していく。仕事を辞めると決意したものの、母を慕う娘が母の仕事を理解し、受け入れたいと心を開く。娘の許しが出ればOKという訳ではないが、母親失格の罪悪意識を持っていたレベッカは、ステフと会話を始める。
「なぜ報道写真家になったの?」「ものすごく怒っていたから」

黙殺される小国での紛争の状況や難民の姿を追い続けるレベッカの動機は立派すぎて眩しい。しかし、それだけなのか。長年他国の悲劇と悲惨にカメラを向け続けた彼女が負っている影や秘密は計り知れない気がする。

レベッカが大怪我をした自爆を誘発したのは彼女だった。彼女が爆弾を体に巻いたタリバンの女性にカメラを向けたために爆破は起き、偶然その場にいた人は死ぬことなった。

レベッカは仕事を辞めると決意するが、理由の半分は自分が誘発した自爆への呵責があったのではないか。仕事を辞め母になることを決めたレベッカだが、彼女の中では報道写真家として自分のあり方を問う気持ちもあったのではないか。
仕事か家庭かの二者択一では収まり切れないレベッカの逡巡を描いて興味深い。

脚本/監督はノルウエーのエリック・ポッペで、20代の頃に報道写真家として世界を飛び回っていた。今は妻も娘もいる彼だが、紛争地に行きたい衝動は消えないという。同時に自分が紛争地に行くことで家族が体験する不安やストレスからも目を反らせることが出来ない。そんな体験から本作が生まれた。
主人公を女性にすることで、仕事の危険性や親の役割などがさらに際立ったように思う。望むべくは中毒性のある職業に首まで浸かってしまった主人公の内的葛藤と報道写真家が囚われる魔物的側面をもっと描いて欲しい気がした。

撮る者と撮られる者の境界を越えないのが報道写真家の鉄則なのだろうが、果たしてそんなことが可能なのだろうか。エンディングではその答えが一つ提示されたように思う。業の深い職業という思いしてならなかった。

上映時間:1時間58分。米国はiTune Movie等で視聴可能。
日本は12月中旬より全国の劇場で上映中。

"1000 Times Good Night" 英語公式サイト:http://1000timesgoodnight.com/
『おやすみなさいを言いたくて』日本語公式サイト:http://www.oyasumi-movie.jp/