"The Lobster" (邦題『ロブスター』)


『ロブスター』写真クレジット:A24
もしも社会が独身者の存在を許さず、カップルであることを強要するとしたら? そんな仮想世界を舞台とした物語。去年のカンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞した。SFっぽい設定を通して、ピュアなロマンスが描かれる異色中の異色、奇作コメディである。
時は近未来か。妻に捨てられたデイヴィッド(コリン・ファレル)は、あるホテルに送られる。ホテルには独身の男女が宿泊しており、それぞれ45日以内に伴侶を見つけないと自分の希望する動物に変えられてしまう。
支配人らの厳しい管理下で伴侶探しをするデイヴィッドだったが、ある事件をきっかけにホテルを逃げ出し、森で隠れて暮らす独身者のグループに身を寄せる。グループのリーダー(レア・セドゥ)は、彼にグループ内の恋愛禁止を伝えて仲間入りを許すが、森の生活を続ける中で仲間の女性(レイチェル・ワイズ)に恋心を抱いてしまう。

監督・脚本はギリシア人のヨルゴス・ランティモスで、彼の前作『籠の中の乙女』同様、特異なルールを強要される生活環境を舞台に、その中で人間がどのように振るまっていくかを追う、どこか動物観察風の作品だ。

主人公らの感情から距離を置きながら、脱力系ユーモアとギョッとする残酷さ、機能的なセックスなどを盛り込んだ物語が、ユルユルしたテンポで展開する独特の映画世界。ワイズのモノトーンなナレショーンと、単純でドラマチックな音楽が仮想世界の輪郭を際立たせて、前作より見やすい作品にはなっているが、好みが大きく分かれるタイプの映画であることは確かだろう。

前半の起床から食事まで管理され、監獄で暮らしているようなホテル生活の珍妙さ。しかし、宿泊者らはさして不自由を感じる風でもなく、主人公が親しくなる二人の男(ベン・ウィショージョン・C・ライリー)らも極めて従順。伴侶探しに疑問や反抗心を抱かない。
この感じは森の生活でも変わらず、従順に独身者の規則を守っていこうとする。そんな中で恋をした二人は「反逆者」ではあるのだが、これまた実に大人しい反逆者で、ヒソヒソとコソコソと愛を育んでいく。この様子には工夫があって、おかしみがあった。

ランティモス作品を見ていると、「人は厳しい管理を強要されることで、思考能力の一部が壊わされるのでは?」と思わされるが、強要された従順には必ず破綻が生じる。自己と自分の感情を自覚した時、従順は崩れていくのだ。本作は実に風変わりな映画ではあるが、奇妙な語り口を通して伝えていることは実にまっとうなこと、という思いを強くした。

上映時間:1時間58分。
英語公式サイト:http://thelobster-movie.com/