"Hurricane"

殺人事件の差別的な捜査の結果、無実の罪で20年近く投獄されていた実在のボクサー、ルービン“ハリケーン”カーターの物語。ハリケーンのやんちゃな子供時代から輝かしいボクサー時代、そして不当に長く孤独な牢獄生活を語りながら、彼の本に感動した少年とカナダ人活動家たちが、彼の無実を晴らすために立ち上がるまでの過程がテンポよく描かれる。

アメリカ映画が得意とする「感動のドラマ」仕立てで、子供にも見せられるような教育的なトーンが気にかかるが、1年掛けて身体を鍛えボクサー役を演じたデンゼル・ワシントンの入魂の演技が、小さな枠にはまりかけた作品を深い感動のドラマに引き上げた。彼はこの役で99年のゴールデン・グローブ主演男優賞受賞、文句なしに素晴しい俳優。もし『マルコムX』を未見の方はぜひビデオを。監督は『夜の大捜査線』の名匠ノーマン・ジュイソン。70年代始め、ボブ・ディランがカーター救援のために書いた『ハリケーン』の曲も懐かしかった。

今年のアカデミー賞では、『アメリカン・ビューティ』が作品賞、監督賞、脚本賞などメイン5部門で受賞して一人勝ちという結果になった。この作品でケビン・スペイシーが主演男優賞を取ったのはファンとしてうれしかったが、私は『ハリケーン』でボクサー役を演じたデンゼル・ワシントンが別格の出来ばえだと思っていたので、ほとんど不当な気持ちを持ってしまった。(外国記者が選ぶゴールデングローブ賞では主演男優賞を獲得)

ワシントンは92年のアカデミー賞でも『マルコムX』で主演男優賞にノミネートされながら、『セント・オブ・ウーマン』で盲目の元軍人役を演じたアル・パチーノに横取りされた結果となって、不運な感じがある。93年に『フィラデルフィア』でエイズ患者を演じたトム・ハンクスが主演男優賞を取った時も、私は無知で保守的な弁護士役を演じたワシントンの方がずっとキャラクターになり切っていると思ったものだ。

ワシントンは、アフリカ系の実在の人物を演じる時に、何か呪術的とも思える変身をする。うまく説明できないが、演じているというよりその人物の「精・魂」みたいなものをチャネリングしているような感じ。彼がマルコムXやハリケーン・カーターになって怒りを表現する時、まるでアフリカ系アメリカ人総体の怒りが彼の体に集まってくるような感じがある。演じるために感情をアクセスさせるデータベース(アフリカ系アメリカ人の歴史と体験)のメモリーが圧倒的に大きくて、個人のちっぽけな経験や人生を越えたところから表現が生まれる、そんな感じだ。
それに比べると、『アメリカン・ビューティ』のスペイシーは本当にうまいが、すべては個人/演技の範囲だという気がしてしまう。