"Summer of Sam"

1977年真夏のニューヨーク狂騒曲

アメリカを代表する映画監督を5人選ぶとしたら、躊躇なくスパイク・リーをその1人に挙げたい。彼ほど自己のアイデンティティをベースに、アメリカの暗部である複雑な人種問題に切り込んでいくフィルムメーカーはいないからだ。

ドゥ・ザ・ライト・シング」(89年)や「マルコムX」(92年)などの作品は、彼以前のアメリカ映画には存在しなかったと言える。彼の作品を通して私たちは初めて、ネガティブなイメージではいないアフリカ系アメリカ人の生き生きとした主人公に出会えたのだ。しかも彼の映し出す世界には、力強いリズムとカラフルな色彩が躍動し、俳優たちの肌からは蒸せるような熱気が立ち昇る。一目でスパイク・リーと分かる独自の映像世界を生む才能は並外れている。しばしば戦闘的とも言える主題と演出に、暴動を誘発するのではと大げさな反発を食らうこともあったが、彼は淡々と自己の論理と視点を展開。デビュー以来13年で13本の作品をほとんど自己プロデュースで生み出してきた。果敢、不屈、したたか、そんな言葉が思わず浮かぶ。

さて、彼の最新作「Summer of Sam」は、そんな彼の面目躍如といった感を強くさせる真夏のニューヨークを舞台とした狂騒のドラマだ。
時代はディスコ全盛期の1977年。その夏のニューヨークはいつになく蒸し暑い日が続き、街はSon of Samを名乗る男の無差別連続殺人に震憾とし、「ニューヨーク大停電」の暗闇とその後の大略奪事件がさらに人々を恐怖の虜にしていた。
物語はこれらの実際に起きた事件を背景に、ブロンクスのイタリア系アメリカ人地区に住む若いカップルの愛の行方と、暑さと恐怖で盲執に取り憑かれゆく隣人たちの姿をじっくりと描いていく。

カトリックの「聖母と娼婦」神話のために浮気癖が絶えないビニー(ジョン・レグイザモが熱演)とその貞淑で魅力的な妻ディオナ(ミア・ソルヴィーノ)、パンクシーンに自由への逃避を見い出すビニーの親友リッチー(エイドリアン・ブロディ)とリッチーヘの絶望的な愛を追い求めるルビー(ジェニファー・エスポシト)。微妙にこじれていく4人の関係を軸に、ふざけ半分でSon of Sam捜しを始めた近所のダチ公たちが、異質な世界へと遠ざかってゆくリッチーをターゲットに憎悪を徐々に募らせていく。

激しいディスコミュージックのリズムに乗って、連続殺人の恐怖、カトリックの呪縛、ホモセクシュアリティへの嫌悪、ドラッグとセックスへの眩惑など歪んだマチズモ幻想が絡まりあい暴力へと収束してゆく過程が恐ろしい。「ドゥ・ザ・ライト・シング」の頃に比べ、さらに深く憎悪と暴力を生むアメリカ社会に迫り、成熟度の高さを感じさせる。やはりスパイク・リーアメリカを代表する監督、と思いを新たにした。上映時間:1時間42分。