"Army of Shadows”(1969年)

原題 "L'Armée des ombres"


"Army of Shadows”写真クレジット:The Criterion Collection
この映画をDVDで観て、あまりに良かったのでもう一回解説付きで観てしまった。2時間25分の映画を2回連続、これで一日は終わり。だが、満たされた日だった。
1942年、ナチ占領下のフランスを舞台に抵抗運動を続けた男女を描いたフランス映画である。彼らの活躍を描いた映画は以前に紹介した"A Man Escaped" http://d.hatena.ne.jp/doiyumifilm/20070820 など傑作秀作が多いが、活動家を英雄的に描く傾向が強い。フランス人にとっては当然のことだろう。しかし、この作品はその「英雄」たちの実像に迫りながら、他の作品と一線を画している。鉄の団結で結ばれた彼らが持たざるを得なかった暗い側面、仲間の逮捕という最悪の事態を物語の中心に据えているのだ。

助け出すことは第一であるが、助け出せない者もおり、仲間を売った者もいた。その裏切り者に対して、彼らはどう対処したのか。この作品は、そんな活動家への敬意を失うことなく、人間の弱さとそれを許すことのできなかった時代の無残さを描き出した傑作である。

物語の中心人物は4人、博士号を持つ技師のフィリップ・ジェルビエ(リノ・ヴァンチュラ、写真上)、真面目な堅物フェリックス(ポール・クローシェ)、ハンサムな若者ジャン・フランソワ(ジャン・ピエール・カッセル)、そして凄腕闘士マチルド (シモーヌ・シニョレ、写真下)の4人。加えて高名な学者で実は抵抗運動のボス、リュック・ジャルディ(ポール・ムーリッス)である。彼はジャン・フランソワの年長の兄であるが弟はそれを知らない。というほど、堅い秘密が守られていた『影の軍隊』(邦題)である。

物語は、派手なゲリラ活動のスリルを見せることなく、言葉少なに密かな活動を続ける彼らの張りつめた関係と、繰り返す仲間の逮捕という事件を緊迫感いっぱいに見せて行く。

導入部は逮捕されたジェルビエが逃げる顛末。次は、口の堅いフェリックスが逮捕され、そしてまたジェルビエが捕まる。そのたびに度胸のすわったマチルドが敵地に乗り込んで行く。窮地での彼女の勇気と機転には瞠目するものがあるが、なんとマチルドも逮捕されてしまう。そして、組織は最大の危機に直面する…。

夫や娘にも秘密にして抵抗を続けたマチルドが凄い。シニョレが変幻自在、怖いもの知らずの女傑を見事な存在感で演じ、衝撃的なラストシーンに繋げていく。あのラストは生涯忘れられないだろう。

監督は自身も抵抗活動をしてたジャン=ピエール・メルヴィル。43年に書かれたジョゼフ・ケッセルの原作を読んで以来映画化を考えていた。戦後から自分のスタジオをもって低予算で独自の映画作りをしてきた彼は、「ヌーヴェル・ヴァーグの産みの父」とも呼ばれたが、69年に発表されたこの作品は次世代から無視された。名優やスターを起用した古めかしい映画扱いをされたのだろうか。米国で公開されたのは2006年と40年も経てからだ。

メルヴィルは60年代後期に洗練されたギャング映画(アラン・ドロン主演『サムライ』"Le Samurai" や『仁義』"Le Cercle rouge" など)で記憶に残る人なので、この作品はやや意外な題材に思えたが、彼がギャングもので一貫として描いてきた信義と裏切りという永遠のテーマは変わらない。同時代に作られた日本の任侠映画との大きな違いは、裏切りで命運が尽きる男たちへの感傷的な思い入れがないところ。信義も裏切りも人の常、同じ重さなのだ。

裏切り者を絶対に許さないという抵抗運動の厳しさとその体験の苦さを通して、「闘士」「英雄」という言葉の空しさが伝わる。カラー作品なのに観終わると白黒作品を観たような錯覚に落ち入るグレーやブルーを基調とした映像と抑えに抑えた情感。そこに、自由や抵抗という言葉にすら酔うことのない冷徹なまなざしをもったメルヴィルの世界が広がる。

観終わって、英雄好きなアメリカ映画ばかり観ているとバカになるな、とため息が出た。戦争には正義も悪もなく、勝っても負けても醜い傷跡しか残らない。英雄など、どこにもいないのだ。

"Army of Shadows”英語公式サイト:http://www.criterion.com/asp/release.asp?id=385