"The Three Burials of Melquiades Estrada"


"The Three Burials of Melquiades Estrada" 写真クレジット:Sony Pictures Classics
カウボーイ映画なのにまったくアメリカ映画らしからぬ作品を紹介しよう。題名からして "The Three Burials of Melquiades Estrada"(05年、邦題『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』)と変わっている。
同じ年に公開されたカウボーイ同士の悲恋を描いた"Brokeback Mountain" が大いに話題になったので、こちらのカウボーイは霞んでしまった感があるが、ともかく類をみない奇作だ。

監督はこれが初監督のトミー・リー・ジョーンズ。"No Country for Old Men" などの脱力オヤジ演技が持ち味の俳優で、ここでは老カウボーイ役を主演して、カンヌ映画祭の主演男優賞を取っている。ジョーンズは、撮影前に出演者全員にカミュの『異邦人』を読ませたという。それを頭に入れて観ると面白いかもしれない。

メキシコから来た腕の良いカウボーイ、メルキアデス(フリオ・セサール)の死体が発見された。彼を誤って射殺した国境警備隊員のマイク(バリー・ペッパー)が埋めたのだ。これが一度目の埋葬。

ところが、メルキアデスが不法移民だったのが分かると、警察はロクに捜査もせずに事件を処理して彼を埋葬する。これが二度目の埋葬。

ルキアデスに親愛の情を持っていた仲間のピート(トミー・リー・ジョーンズ)はその対処に激しい憤りを感じ、「もし、自分に何かあったら妻と子供が待つ美しい故郷ヒメネスに埋めてくれ」と頼んだメルキアデスの言葉を思い出す。

ピートは犯人マイクを突き止めると彼を拉致。メルキアデスの遺体を掘り起こし、マイクを連れてメルキアデスを埋葬するためヒメネスに向かう。

遺体を馬に載せ、警察に追われながら、長く過酷な旅が始まる。遺体は腐敗し始めアリがたかったりするが、ピートはメルキアデスを優しく扱う。反面、抵抗を続けるマークには容赦はない。極めつきの優しさと鬼のような厳しさという二つの顔を持つピートだ。

この物語は97年に実際に起きたメキシコ系アメリカ人高校生の射殺事件を元にしている。メキシコ国境の警備に協力していた海兵隊員が誤って彼を射殺したが、狙撃犯は訴追されなかったという不当な事件で、ドキュメンタリー映画にもなっている。

ところが、オリジナル脚本がメキシコの奇才ギジェルモ・アリアガなので、物語は差別捜査告発という展開には向かわない。アリアガは "Amores Perros" や "Babel" で注目を浴びた作家で、この作品でカンヌで脚本賞を受賞。物語はメキシコに近づくにつれていよいよ面白くなっていく。

砂漠で一人で暮す盲目の老人や国越えの際にマイクに顔面を殴られたメキシコ女性など、ピートらが旅先で出会う人々が異彩を放って描かれていく。前半で描かれるアメリカ人たちの嘘と退屈で塗り固められた暮らしぶりとは好対照だ。

足止めを食らった町でピートが、関係のあった女(メリッサ・レオ)に電話をするエピソードもいい。「結婚しよう」と言うのだが、女は低い声で「何言ってるのよ。私は夫を愛しているのよ」と一言。ゾクリとする印象的な場面だ。

そして、いよいよピートらの旅に終わりが近づいていく。
ところが、この先に予想もしない展開が待っていた。それが何かは書けないが、その外し方がこの映画の絶妙の味わいだ。

独自の正義感を持ち、信義を重んじ、友と女を愛した男の世界がグラリと揺れる。彼が悪かったのではない。ただ理由や目的、結果を求めた一徹な男が、そんなものには縛られない異風な文化の一撃を受けたのだ。それは、メキシコを見下してきたアメリカに対する軽い反撃だったのか、それともインディアン呪術師のマジックだったのか。異国の旅人をカラカラと笑う砂漠の鳥の声が聞こえるようだ。

上映時間:2時間1分。

"The Three Burials of Melquiades Estrada" 英語公式サイト:http://www.sonypictures.com/classics/threeburials/