『下妻物語』

下妻物語』写真クレジット:東宝、VIZ Media

日本に帰るたびに耳慣れない言葉が耳に入ってくる。80年代の始めの頃は「ヤンキー」。近年飛び込んできたのが「コスプレ」「ロリータ」。用語の使い方がかつてとは全然違うらしいのだが、よく解らない。人に聞くのもいかにも浦島太郎的なので知らんふりをしていたが、この映画一本ですべて合点がいった。 
実はこの映画の題名『下妻物語』(2004年)は知っていたが、ポルノ映画ではないかと誤解していた。トホホなオヤジ発想だと思うが、大昔にこんなタイトルのピンク映画というのがゴマンとあったのだ。しかし今や21世紀、下妻もロリータもそんなオヤジ臭漂う旧世界とは別物。茨城県下妻市を舞台にした、ヤンキーとロリータ・ファッションの女子高生二人の友情物語だ。

対照的な二人の少女が出会い、ぶきっちょながら互いへの友情を深める様子を、小さなエピソードを重ねつつ見せてくれるコメディ仕立ての快作だ。女の子二人を主人公にしたこんなに楽しい日本映画を観たことがなかった。紹介するだけでウキウキしてくる。

母親に捨てられた竜ケ崎桃子(深田恭子)は、父(宮迫博之)と祖母(樹木希林)との3人暮らし。畑と牛とジャスコしかない下妻で、ヒラヒラのピンクドレスに身を包んだ桃子はかなり浮いた存在だが、ぜーんぜん気にしない。楽しみは常磐線に乗って代官山に行き、大好きなロリータ・ファッションを手に入れることだ。

そんな桃子が、元やくざの父が隠し持っていたベルサーチの偽物が縁で、暴走族のイチコ(土屋アンナ)と知り合う。彼女の本名は白百合イチゴ。ピアノを習っていたほどの育ちの良い子だったが、イジメで苦しんだ。ある晩、一人で泣いているところを暴走族の総長亜樹美(小池栄子)に声を掛けられ、暴走族に参加したのだった。

桃子は良く言えばマイペース、実は人に失望するのが怖くてロリータ服で武装している女の子。イチコも同じ。イジメの傷を特攻服に隠して武装している。少女が武装なんて心がイタい話だが、親がまったく頼りにならない現代の女子高生の現実なのかもしれない。イチコを下品なヤンキーと毛嫌いする桃子だったが、亜樹美の引退がきっかけとなって、孤独な二人は互いを助け始める…。

バッタもん、レディース、チーマー、ゾクなどの不可解用語に彩られたイチコのバリバリ・ヤンキー世界と、チョコレートのCM風ロココの夢想に浸る桃子の世界の対比が笑わせる。物語はあちこちに飛ぶが、明るい映像とテンポのよいカット割りで見せてくれるので新鮮。CMを観ているみたいと思ったら、監督の中島哲也はTVのCMを多く手がけた人だった。

原作は嶽本野ばらの同名小説。06年のカンヌ・ジュニア映画フェスティバルで日本映画初のグランプリを取り、『Kamikaze Girls』というタイトルでフランスを始めとして世界中で劇場公開されたという、日本映画としては珍しい大ヒット作だ。

映画の見どころは何といってもイチコを演じた土屋の魅力に尽きる。くるぶしまである長いスカート姿や般若面の刺繍の入った紫の特攻服を着て、肩で風をきってガンを飛ばしまくる勇姿。「舐められてたまっかよ」「負ける気がしねえ」などマジでヤンキー?と思わせるハードな台詞をハスキーボイスで連発するが、怖さより間抜けさが際立って愛らしい。こんなことを言うとイチコに頭突きを一発食らわされるな。

マドンナが『スーザンを探して』でデビューした時みたいに、土屋の颯爽たる映画デビューとして記憶に残る作品だろう。イチコは、日本映画に久々に登場したクールなヒーローイン(造語)。土屋はこの役で日本アカデミーやブルーリボンの新人賞を総なめにしている。

一方の深田はヘタクソな俳優だが、この役ははまり役。最後の牛久大仏裏墓地(!)での乱闘シーンでは底力を発揮して、感激させてくれる。
上映時間:1時間42分

下妻物語』日本語公式サイト:http://www.amuse-s-e.co.jp/shimotsuma/