"Julia" (1977年、邦題『ジュリア』)


"Julia" 写真クレジット:Twentieth Century-Fox Film Corporation
若い頃に観てとても感動した思い出深い作品を紹介しよう。ジェーン・フォンダ演じる劇作家と親友ジュリアの長年にわたる友情物語で、バネッサ・レッドグレイブ演じるジュリアが知的でクールで勇敢、ともかく素敵だった。

原作を読み、原作者リリアン・へルマンの他の著作も読んでこの映画がもっと好きになり、その後何度観たか分らない。一つの映画を原作でも楽しみ、登場する人々や時代背景などの知識を広げて深く味わう、そんな見方をした初めての映画でもある。監督はフレッド・ジンネマン(『ジャッカルの日』)。

この映画では、リリアンがジュリアと過ごした子供時代の思い出を挟みながら、リリアンが初めての戯曲の完成に苦戦する様子と、ナチ抵抗運動に加わったジュリアのためにリリアンが危険な仕事を引き受けるスリリングなドラマを経て、悲劇的な結末を迎えるまでの経過が描かれる。

かなり盛りだくさんな内容なのだが、原作は50ページにも満たない回想録の一章。ヘルマンが73年に書いた "Pentimento” の中の "Julia" と題した章に、情感を抑えた簡潔な文体で書かれている。

ヘルマンは日本での知名度は低いが、アメリカでは1930年代に書いた戯曲『子供たちの時間』や『子狐たち』などで大成功をおさめた劇作家として知られる。50年代の赤狩りの時代に勇気ある発言をしてハリウッドのブラックリストに載せられ、脚本家としての仕事を干された経験を持つ強者だ。

"Julia" 写真クレジット:Twentieth Century-Fox Film Corporation
映画に話を戻そう。ジュリアは大富豪の家に生まれながら、両親の愛に恵まれない少女として登場する。フランス語やドイツ語の詩を暗唱できる賢く早熟な少女で、リリアンは同い年ながらそんなジュリアに強い憧れを持っている。

ジュリアの住む城のような大邸宅で何度も休暇を過ごしたリリアンは、ジュリアに対して何でも話せる、あの年代に独特な一体化したような感覚を持っているのだ。

そんな二人の友情はジュリアがイギリスに留学してからも続く。ジュリアをオックスフォードに訪ね、理想や夢を朗らかに語り合う二人には競争心や嫉妬など入り込む余地がない。今回見直し、この関係の清々しさが特に気持ち良く感じられた。

原作の中でもリリアンはジュリアに抱いた感情を「あまりに強く複雑なこの感情は、一人の少女が相手に抱く性的な憧れとしか言いようのないもの」(中尾千鶴訳『ジュリア』より)と振り返り、ジュリアの死後もその愛情に変わりがなかったとストレートに書いている。
限りなく恋愛に近い友情。貴重な感情体験ではないだろうか。

この映画では、リリアンにとって大切なもう一つの関係も描かれる。彼女に書くことを薦めた先輩作家ダシール・ハメット、愛称ダッシュ(ジェイソン・ロバーズ)との関係だ。

師であり恋人であり左翼思想の同志であるという関係で共に暮らした二人。リリアンが別の男と結婚しても切れることがなく、二人の関係はハメットの死まで30年以上続く。この関係も風変わりだ。

映画の一場面で、書き上げた戯曲を「君のベストとは言えないな」とハメットに批評されて、リリアンが八つ当たりすると「泣くならあっちの岩のところで泣くがいい」と言われるエピソードが面白い。

辛口のジョークとウィットを軽く交わし合う二人。回想録の中でも彼に対する情感は乾いた筆致で淡々と記されている。こちらは限りなく友情に近い恋愛関係という感じだ。

柔らかな情感を女性に抱き、創作や思想、生活を男性と分かち合ったリリアン・ヘルマン。フォンダの演じた彼女は綺麗でちょっと線が細すぎる印象があるが、写真でみる本人は気骨のある渋い風貌の人だ。

ハメットの死後、50代後半になって25歳年下の若い劇作家と付き合い79歳で生涯を終えている。ハメットの死に挫かれることなく、自分のルールで人生を全うした剛毅な生き方に惹かれる。

最後に、ジュリア役で78年のアカデミー助演女優賞を取ったレッドグレイブは、受賞式の際に「反ファッシズム闘士として反ユダヤ主義と闘う」という極めて政治的なスピーチをして賛否両論を浴びた。映画を地でいく展開に思わずニヤリとした記憶も懐かしい。

上映時間:1時間57分