”The Master”


"The Master" 写真クレジット:The Weinstein Company
先週は試写会で "The Paperboy"、劇場公開中の "The Master" を日本町のカブキシアターで観た。
"The Paperboy" は2010年に "Precious" を作って話題を集めたリー・ダニエル監督の作品で、ニコール・キッドマンマシュー・マコノヒー(彼はこれまでたくさんのオバカなロマンチックコメディに出まくっていたが、今年はガラリと変わって"Bernie"や "Magic Mike"など次々と話題作に出演し、まるで人/守護霊が変わったみたいだ)、ジョン・キューザックなどゴーカな役者陣を揃えた作品だが、まったく感心しなかった。どう感心しなかったかについては、あまり書く気がしない。

私は好きな映画や面白かった映画について書いているとエネルギーが上がる感じがして好きなのだが、反対につまらない映画のことを書いているとエネルギーが落ちる。つまらない映画を観たというだけでマイナス感があるのに、さらにそれについて書くとエネルギーの赤字感がさらに増していく。だから、できるだけ書きたくない。

"The Master"は一回観ただけでは何が何だか分からない映画だったが、大きな魅力と作り手のパワーが感じられる作品だった。知り合いの批評家の人たちも「ちょっと去年の "Tree of Life" みたいな大きな作品」なんて言っていたけど、私は"Tree of Life"とは似ているとは思わなかった。

脚本/監督は07年 "There Will Be Blood"を作ったポール・トマース・アンダーソン。
あの映画も何が何だか分からなかったが、すごいパワーを感じて圧倒された記憶がある。

アンダーソン監督は、97年の"Boogie Nights"で高い評価を受けて以来、5年に一本位しか映画を作らない寡作の人だ。まだ40代、アメリカでは珍しい作家性の強い監督で、ある男の彷徨う魂が強権的な父親もしくは父権的存在と確執を抱え、宗教的に苦しむという話をずっと描いてきたと思う。きっとそれが彼にとって大きな意味のあるテーマなのだろう。作品が難しく感じられるのはそのためだが、私は監督自身が必要以上に問題を複雑に考えて、意識の中にたくさんの迷路を作ってしまっているためではないか、という気がしている。

米国や欧州の映画を観ていると宗教問題で知的に苦しむ個(男がほとんど)がよく出てくるけど、ほぼ無宗教状態で育った私にはこういう映画は何本観ても同じで、よく分からない。ただ、アンダーソン監督はそれを興味深く見せる力があることは確かで、本作もその期待を裏切らなかった。

"The Master"は第二次大戦で心に傷を負ったアル中の帰還兵(ホアキン・フェニックス、超のつく怪演)と、彼が出会ったあるカルト・リーダー(フィリップ・シーモア・ホフマン、巧いです)との関係を描いている。

このリーダーは一説によるとトム・クルーズジョン・トラボルタが入信しているサイエントロジーという宗教団体の創立者に酷似しているということらしいが、監督らは否定している。とは言え、公開前にクールズらに見せて意見を聞いたことは確かのようだ。寄り道になるが、クルーズはアンダーソン監督の "Magnolia" という作品中でカルト・リーダーを演じていて、鬼気迫る目線と自信たっぷりな演技でアカデミー賞にノミネートされた。こういう確信犯的役は彼のハマり役だ。

私はサイエントロジーについて無知だから何も言うことはないが、本作はカルトの内幕を暴くという作品ではない。ホフマン演じるリーダーは人間味のある男として描かれていたし、人を信じるということのない帰還兵が彼に信頼を持っていく経緯は自然に感じられた。私もカリスマ性の強い人に魅了された経験があるので、この感じは分からないではない。あれは嵐のようでな体験で、自分のことがいろいろ分かって面白かった。

カリスマ性のある人というのは、一度カリスマ的体験をすると、いつまでもカリスマでいたいという強い欲求を持つみたいで、必ずカリスマ的存在になれる場所を見付け出していく。私の知っている人たちも、今も、どこかで、何かのカリスマをしていることだろう。

映画の話に戻すと、家族のいない帰還兵にとってはリーダーは父親的存在。そんな彼に見どころがあると思われ拾われた帰還兵は、教団の忠実な信者になる。だが、厳格でやや狂信的なリーダーの妻(エイミー・アダムス、彼女も今年何作もの話題作に出ている)に嫌われ、教団から弾き出され、魂の放浪を始める…

アンダーソン監督らしい物語で、私は同じテーマをしつこく追う監督に好感があって、頑張ってテーマにしがみつき、何かの到着点を見つけて欲しいと願わずにはいられない。
"The Master" の英語公式サイト: http://www.themasterfilm.com/

今週は"Fish Tank"を作ったイギリスの女性監督アンドレア・アーノルドの最新作 "WUTHERING HEIGHTS"とベン・アフレックが監督した"ARGO"の試写があるので、両方ともとても楽しみにしている。