『Argo』(邦題『アルゴ』)


『アルゴ』写真クレジット:Warner Bros. Pictures
明日から劇場公開される映画『Argo』について書こう。『Argo』は、79年にイランのアメリカ大使館がホメイニ派によって占拠され、大使館員とその家族などのアメリカ人が人質になった事件を下地にしたサスペンス映画だ。俳優のベン・アフレックが監督をしている。
彼はこれまでも上出来の犯罪サスペンス映画 "Gone Baby Gone"と"The Town"を監督をしていたが、本作ではさらに腕を上げて前二作をしのぐ作品に仕上げている。俳優出身で良質な映画を監督しているクリント・イーストウッドの後を追っている感じだ。一緒に観た批評家の男性は「結果を知っているのにハラハラしてしまったよ」と苦笑していたけど、私も思わず「ヒー」と声を上げそうになった。

話は、人質になった58人の内6人だけが大使館を抜け出して、カナダ大使の私邸に潜んでいた。その6名だけでも助けようと米政府のトップからCIAなどがチエを絞り、あるとんでもない計画を実行、という実話を元にしている。この計画を考えつき実行したのがCIAの男で、アフレックがこの冷静沈着な男をシブく演じている。彼にとっては久々のヒーロー役で得な役回りだ。

計画を簡単に説明すると、カナダの映画会社がイランで『スター・ウォーズ』のようなSF映画(その映画の題名が意味不明のArgoなのだが)を撮りたいのでロケーションの下見をしたい。ついてはスタッフの入出国を認めて欲しいと要請。米国とはゴリゴリの緊張関係だったのに、なんとカナダとは問題なしで、まんまとロケハンの了解を得てしまう。
アフレックはカナダ人製作者として一人イランに入国。偽装したパスポートと出入国カードを使って、大使宅に潜む6名を空港に連れ出し、堂々と出国させる、という計画を実行したのだ。

大胆不敵というか、嘘くさいハリウッド映画みたい(って本作そのものがハリウッドな訳だけど)な話なので、当然ながら無理や計画の穴があって危機続出。それを一つ一つクリアしていく様子をハラハラドキドキの連続で見せていく

この計画、米国でも最近までその内容が明かされなかったらしい。というか、あまりにもムチャクチャな内容なので、明かすに明かせなかったのかもしれない。

CIAというのは世界のあらゆる国に行って、その国の法律を無視して、何でも、やりたいことをする。この計画も超のつく不法行為な訳で、それを不法行為なんて思わせないヒロイックなサスペンス映画として見せ続けてきたのがハリウッドだ。
"CIA is Good Guy" という国策肯定の愛国アクションやサスペンス映画はたくさんあって、ブラピとロバート・レッドフォードが主演した『スパイ・ゲーム』などはその最たるもの。私はレッドフォードはこんな映画には出ない俳優と思っていたので、彼に失望した自分が情けなかった。

一方、ダスティン・ホフマンがハリウッド・プロデューサーを演じた 『ウワサの真相/ワグ・ザ・ドッグ』では、政権とハリウッドの持ちつ持たれつ関係を実に上手く見せてくれて面白かった。

国策肯定も癒着批判も両方見せるのがハリウッドの常套だ。これって一つ穴の狢なのに、一応民主党共和党が大統領選挙を争ってます、って茶番を演じているのと同じことだと思う。両方見せるとなんとなく民主主義が機能しているような錯覚を持たせることができるからだ。

『アルゴ』写真クレジット:Warner Bros. Pictures
さて、本作の中でも海千山千のハリウッド業界人が出て来て、アフレックの計画を全面的にバックアップする。作戦が成功すれば痛快この上ない話として映画に出来る、という下心ミエミエ、底なしの商売根性をもった業界人で、本作もそんな背景があって映画化されたのではないだろうか。

本作最後のテロップの中で、この事件で大使館内に囚われの身となった52名の人質たちは444日後(!!)に全員無事解放されたという記述があって、これには改めて感心した。米国は9/11以降、世界各地で多くのイスラム教徒を不法に拘束し、拷問の末に殺した例もあったことは知られている。その人数と実態は未だに明らかになっていない。事件も事情も違うと思うかもしれないが、どんな状況下でも不法に他国人を拘束したという行為は同じだ。しかし、イラン人はアメリカ人を一人も殺さなかった。そのことを忘れてはならないと思う。

面白く観たが見終わってみると「人を食った、ふざけた話だ」という思いがしっかり残った。 

『アルゴ』英語公式サイト:http://argothemovie.warnerbros.com/