『あん』(英題 ”Sweet Bean”)


『あん』配給:Kino Lorber
借金返済のために知人のどら焼き屋を営んでいた千太郎(永瀬正敏)の店に、徳江(樹木希林)という女性が現れ、仕事を手伝わせてくれと言って、彼女の作った「あん」を置いていく。
奇妙に思った千太郎だったが、口にしたそのあんは格別の味わい。彼は徳江を雇い、彼女の丹精込めたあん作りを目の当たりして、それまでの自分の熱意のなさに気づかされる。 徳江のあんを使ったどら焼きは評判となって、店は繁盛。ところが、徳江がハンセン病療養施設で暮らしているという噂がひろがり、客足はぱったりと途絶えてしまう。

触れ合う魂と見えにくいハンセン病差別の存在を静かに描いた作品で、去年公開された邦画の中で一番心に残った作品である。

徳江があんを作る場面が秀逸だ。光るあずきに向けて優しい声をかけ、じっくりと丁寧にあんを作り上げていく映像が美しく、力まず自然体で徳江を演じた樹木が素晴らしい。この役で去年の日本アカデミー賞主演女優賞を受賞してる。

また永瀬の演技も出色であった。千太郎が、彼の前から姿を消した徳江を訪ねて施設に行った際に、彼女を噂から守りきれなかった自分を恥じて涙を堪えるシーンは本作の白眉。「撮影中、樹木さんはずっと富江さんだった」という永瀬の中で溜まりに溜まったピュアな感情が溢れ出していた。

監督はカンヌ映画祭で高い評価を得た河直美監督で、自作脚本でしか作品を撮ってこなかった彼女が、初めてドリアン助川著の同名小説から映画化。演技経験のない素人を配し、やや難解、独自な映画作りをしてきた監督の作品群の中では明快な物語性がある作品で、米国各地で劇場上映された。

原作者助川は小説の元に「人はなんのために生まれてきたのだろう」という問いかけがあり、「『人の役に立つ生き方がしたい』という考えに疑問を持っていた」と言う。
療養所に隔離され、多くの機会を諦めざるを得なかった富江にとって、誇りを失わず、ただ生き抜くことだけが人生であった。では富江の人生に意味は無かったのだろうか? 社会や人の役に立つことだけが、立派な生き方なのか? 多くの問いかけを通して、その答えを手繰り寄せる機会を本作は与えてくれた。名画とはそういう力を持っている。

上映時間:1時間53分。
『あん』日本語公式サイト:http://an-movie.com/
"Sweet Bean" 英語公式サイト:https://www.kinolorber.com/film/view/id/2265